右手無敵
校門前、その日も早い時間帯から風紀委員としての身だしなみチェックが行われている。
風紀委員長の芹澤理沙は、厳しい目で生徒の服装、髪型をチェックし、違反している生徒を探りだしている。
どちらかと言うと炙り出し……と称した方が正解かもしれない。
いつもながら鼻息が荒い芹澤の姿を、黄金右近の瞳は真っ直ぐ捕らえていた。
(あ-あ……いつもながらやってる事キツいな。身だしなみチェックっていうんなら、芹澤さんの方こそ違反者じゃないか)
心でコッソリささやいてはいるものの、小心者である右近には、あの芹澤にたてつく勇気などさらさらない。
勇気もないくせに内なる部分で呟く自身に、右近は嫌気がさしている。
(まあ、好きにさせておこう。ここは、波風たてないでやりすごそうっと)
目立たない右近は芹澤の視界には入らず、安易に門を通過出来る。
芹澤のセンサーを突破し安心したその時、右近の足を止める事態が起きたのだ。
「ちょっと、貴女!そのスカート丈校則違反よ!アクセサリーも派手だし、何よりその髪の長さ!違反も良いトコだわ!」
芹澤の金切り声が辺りの生徒たちの意識を向けさせる。
芹澤が目をつけた生徒は困惑した様子で立ち尽くし、青ざめてしまっている。
「芹澤さん、また始まったよ。女子ターゲット。あの子一年だよな、今日の餌食はあの子か……可哀想に」
「芹澤さんの方こそ校則違反じゃね?スカート丈短えし、ピアスしてるしさ……勝手だよな」
「そう思うんなら、お前あの一年の子、助けろや」
「あ……」
生徒たちは皆巻き込まれたくはなく、芹澤とは目を合わさないよう門を潜っていく。
「貴女!何組?名前は?そんな身だしなみじゃ、今後の内申書に響くわよ⁉」
「あの……すみません。明日から、きちんとして来ますので……」
「明日じゃ駄目よ!今、こね場でけじめをつけてもらうわよ」
女子生徒に迫りよる芹澤を目にし、右近は危険な状況だと判断した。
(あ……鋏!芹澤さん、あの子の髪、切ろうとしてる⁉)
芹澤の手には結構大きめの鋏が忍ばされている。
鋏を所持しているという事は、明らかに生徒の髪を切る前提で身だしなみチェックを行っている事になる。
「あの……ちょっと、待って下さい!その鋏、仕舞ってくれませんか?」
堪らず右近が声をあげると、芹澤は勿論他の生徒たちも彼に視線を注ぐ。
「あちゃ……辞めりゃ良いのに。あの芹澤さんに歯向かうなんて、怖いもの知らずも良いトコだよな」
「ヒーローぶってると、後が怖いのに……」
芹澤が右近を睨み付ける。
「何よ、貴方。もしかしてこれを体罰とでも思ってるの?その生徒が違反者だから、指導をしてるのよ!」
芹澤に鋭い目を向けられても、右近は動じない。
「あの……私でしたら平気です。もう行って下さい」
一年生の女子は右近の身を案じ、彼を芹澤から離させようとする。
「平気じゃないよね。君は一年生で、か弱い立場なんだから」
普段目立たない右近は、この時ばかりは『物静かな男性』というイメージが似合っていた。
「芹澤さん、僕とじゃんけんしてくれませんか?じゃんけんで僕が勝てたら、その子を解放して下さい」
「んあ?」
芹澤も生徒たちも呆気にとられた。
「お願いします」
右近は本気でじゃんけん勝負を持ち掛け、勝つ気でいる。
「馬鹿馬鹿しい!こんな下らない事に付き合っ……」
「じゃん、けん……!」
右近がじゃんけんの体勢に入る。
「え?え?」
何故か芹澤の意識にじゃんけんをしないといけない、という考えが出る。
「ぽんっ!」
「は……あ……!」
右近はチョキで、芹澤はパーを出した。
「僕の勝ちです。この子は許して下さいね」
「ちょっと、今のは条件反射での事案よ!勝手な事しないで!」
芹澤が右近に抗議すると、彼は声を低くし言葉を吐く。
「じゃんけんをした後で、なおかつ負けたからってルールを破るのは違反者ですよね。芹澤さん……!」
チョキを示したままの右手を芹澤の前に差し出すと、右近は怒りを露にし、彼女の動きを封じた。
(何これ……体が動かない!)
右近のチョキの右手が『切る』動きを見せると、芹澤の手も彼と同じ動きになる。
「チョキイイ……ン!」
右近の叫びと同時に、芹澤の手にする鋏が、彼女自身の髪を切り刻み始めた。
ジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキ……!
「芹澤さん気が狂った?」
「怖……っ!なんだこれ?」
「君、もう今度こそ平気だよ」
「え?あの、これは一体……?」
自身の髪を切り刻み続ける芹澤を残し、右近は一年生の女子を校内へ連れていく。
「じゃんけんに負けて罰を受けてるんだよ。彼女が心から反省したら、自然に罰から脱け出せるから、問題はないよ」
そう言う右近の顔付きは、いつもの目立たない普通の表情だった。