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【画集2弾発売中】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
怪異アレルギーと保健室の怪談
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第九夜┊七「血染めの白衣」

 桜子さくらこはどんなに体調が悪くても、総司そうじが怪異と交戦する時は必ず付き従った。

 桜子さくらこの治癒能力は自分には効かへんようで、高熱で朦朧もうろうとしとる桜子さくらこに、総司そうじも最初は断固として同行を拒否した。けど、桜子さくらこの頑固さは、総司そうじさえも上回っとった。


「許可できない。君は体を休めるべきだ」

「私の他に、治癒士か結界術師を呼ぶあてがあるのなら大人しく休むわ。けれどそうでないのなら、私はついて行くべきよ」

「後方支援が無くとも、戦える布陣くらい考える。これは俺の領分だ」

「家族の傷病をその場でいち早く治すのが、私の領分。ここで言い合いをして消耗するより、私を連れて行って、手早く片付けて休ませてくれる方が建設的だと思わない?」

 

 そうやって強引に同行した桜子さくらこやけど、現場で迷惑を掛けたことは一度もなかった。

 そんなフラフラな体でついてきてどないするん、と思っとった俺らの方が、桜子さくらこに助けられる有り様やった。

 檻紙おりがみの傍系だけあって、桜子さくらこは空間把握能力も計算能力も高い。最後尾で支援する桜子さくらこは、前衛で戦う俺らの《目》になった。


鴉取アトリ、北北東7m先に一匹潜んでるわ」

「了解」

「そこから直進2m、60度の位置にもう一匹」

「任せて、うちがやる」


 好悪こうおはさておき、俺らは迷いなく桜子さくらこに従った。

 桜子さくらこの指示は明瞭やったし、確実に総司そうじのサポートとして役に立っとった。

 コマでしかない俺らは、軍隊チームとして正しい指示にはちゃんと従う。


 けど、相容あいいれないことも多かった。


阿呆あほうが! 式神をかばう人間がどこにおんねや!」


 その頬を張り倒しそうになる手をなんとか振り下ろして、桜子さくらこの肩を掴む。

 不意打ちに気付かんかった俺をかばって、あろうことか俺の前に出ようとした桜子さくらこを、なんとか引き倒して助けた日のことやった。

 俺も桜子さくらこも幸いにして怪我は無かったけど、そんなん結果論でしかない。死人が出てもおかしくない局面に、俺の怒りは収まらんかった。


「式神使いにとついだことを自覚せえや! コマをかばっとったら命がいくつあっても足らんわ!」

コマだなんて言わないで。目の前で家族が危ない目にってたら、誰だってこうするでしょう?」


 桜子さくらこは計算のできる女やったけど、人間の倫理観を俺らにも当てはめようとする、危なっかしい側面もあった。

 桜子さくらこはいつも、俺らのことを「家族」と言い張った。俺が自分らのことを「コマ」と呼ぶたび大喧嘩をした。


 ——治癒士は貴重で、死亡率も高い。

 そんな娘を、怪異と交戦の多い雛遊うちに嫁がせようと二束三文で売り込んできた時点で、桜子さくらこの家族がどれほど桜子さくらこを疎ましく思っとったかは想像がつく。

 御三家の直系ならともかく、血の薄い傍系では怪異自体がえへん奴らも多いやろう。よくわからん力を持って、人には見えへん怪異たちを桜子さくらこは、元の家族からしたら、それこそ化け物みたいなもんやった。


 桜子さくらこはきっと、温かい家庭に憧れとる。だから俺らをその枠に当てはめようとする。おてて繋いでみぃんな平等、博愛主義の可哀想な女や。

 俺やって、桜子さくらこの境遇を思えば、少しくらい夢見させてやってもええんやないかと考えたりもした。ママゴトみたいな家族ごっこに付きうたってもいい。それくらいには、桜子さくらこのことを認めつつあった。

 ……でも、雛遊ここでは命に優先順位がある。


 日常生活の中でならいくらでも家族ごっこしたるけど、それを怪異討伐中にも持ち込まれたら桜子さくらこ自身の命が危ない。それだけは、どうしたって譲歩できんかった。


「あんな、仮に俺が人間やったとしても、アンタがかばったら駄目なんよ。治癒士は絶対に倒れたらあかん。周りの全員がアンタを守るために動いとる。好きも嫌いも関係ない、それが軍隊チームの戦略や。治癒士さえ生きとれば立て直せる場面もある。でも、アンタが死んだら確実に戦線は崩壊する。治癒士として付いてくるなら、目の前で何人倒れても、絶対に自分だけは生き延びる覚悟を持たなあかん」


 俺の言葉に、桜子さくらこはしばらく悩んどったようやった。


 他人を治すために自身を危険に晒す治癒士にとって、周囲の命を見捨てて自分だけでも生き延びろっちゅーのは、自分らの信念と相反あいはんするものやと思う。

 特に桜子さくらこは思慮深く、他人への共感が強い。頭でわかってはいても受け入れるのは難しいやろうけど、それを理解してない治癒士を怪異の前に連れては行けん。


 俺の進言に、総司そうじは理解を示した。



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