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第八夜┊三十二「二つの疑念」

 なかなか泣き止まない僕に、千鶴ちづるさんはずっと寄り添ってくれた。

 星蓮せいれんも水の入ったグラスを片手に、隣に座ってそれを渡してくれる。

 優しい姉と大事な友人に挟まれて、両手に花どころではなかった。


「僕、いま人生で一番幸せかも……」

「こんなので幸せ感じるなよ。これから、もっといっぱい良いことあるだろ」


 だから十八()えても長生きしような、と星蓮せいれんに言われて、僕と千鶴ちづるさんが土地神様の討伐反対に票を入れたときのことをふと思い出す。

 僕は焼け跡で初めて会った時から、なんとなく千鶴ちづるさんとの関係性には気付いていた。

 もし千鶴ちづるさんも、人議ひとはかりのとき既に僕が血縁である可能性を考慮していたなら、もしかしてあの時に名乗りを上げた理由は……。


「弟君を守るためだったんですね。檻紙おりがみ当主の代わりになれる存在がいるのなら、誰だってそちらをにえに推すでしょう」


 若宮さんが会得した様子で僕を見る。

 土地神様は少食だ。僕か千鶴ちづるさん、どちらか一方しか食べることはない。

 僕が票を投じたのも同じ理由だった。

 僕が食べられなかったら、十八までの宣告を回避できたら、その代わりを千鶴ちづるさんが引き受けることになるかもしれないから。


 檻紙おりがみである僕らは、天秤の両側に座るにえ

 もし土地神様を討伐できなかったら、僕か千鶴ちづるさんのどちらかがにえとして選ばれることになる。


 もっとも、僕が反対を表明した理由は、それだけではないんだけど……。


「だからそんなの、土地神を喰っちまえば解決するだろ」

「同意ですね。相手の敷いたレールに従う必要などない。二人とも生き残れるならそれが一番でしょう?」


 この点についてだけは毎回意気投合する二人に、揃ってさとされる。

 星蓮せいれんが持ってきてくれた水のお陰でいくらか落ち着きも取り戻した僕は、土地神様をどうやって討伐するか熱弁している二人にちょっと笑った。


「しかし、まさか君が千鶴ちづるさんの弟君だったとは。はじめさんの弟だと言われた方がまだ驚きは少なかったでしょうね」

「若宮さんも信じてくれるんですか?」


 千鶴ちづるさんの手前、否定はしないものの心の中では大いに疑っているものだと思っていたから、調子を揃える若宮さんにびっくりする。


「個人的に知っていることがあったのでね……。納得と言えば納得です」

「個人的に?」

「私は檻紙おりがみ家が燃えた時、その場にいた人間ですから」


 若宮さんは、千鶴ちづるさんの前で火事の話は避けたいらしく、それ以上の言葉を続ける気はないようだった。けれど当の千鶴ちづるさんが「続きをどうぞ。私も知りたいです」と促すので、仕方なく口を開く。


檻紙おりがみに女児しか生まれない件は、あくまで第一子に限った話です。当主が早々ににえに捧げられてしまう関係上、今まで檻紙おりがみが二子を授かったことはありませんでした。……あくまで、『比較的』という意味で受け取って欲しいのですが、先代の檻紙おりがみ当主はにえに捧げられることを拒否し続け、他に類を見ないほど長生きでいらっしゃいました。そして恐らく、その母体に第二子を授かっていた」


 若宮さんの言葉は、僕の認識とも相違ない。

 声をひそめる若宮さんの言葉に、僕らは黙って耳を傾ける。


「あの火事の夜……。私が檻紙おりがみの家に着いた時、既に先代当主は亡くなっていらっしゃいました」

「どういうことだ? 火をつけたのはおまえなんだろ。こいつらの母親は、火事で死んだんじゃないのか」

「……千鶴ちづるさん。すみません、喉が乾いてしまいました。なにか飲み物を取ってきていただけないでしょうか」


 若宮さんが唐突に会話を切って、千鶴ちづるさんに笑顔を向ける。

 千鶴ちづるさんは「仕方ありませんね」と立ち上がり、「会場は広いので、きっと私はお水の場所がわからず、十分ほど彷徨うことになるでしょう」と自分が戻るまでの時間を暗に伝えて席を離れた。


「……あいつも当事者だろ、聞かせてやれよ」

「なんのために彼女の記憶を封じていると思っているんですか。こちらにも色々あるんですよ」


 若宮さんは疲れた様子で、「どこまで話しましたっけ」と頬杖を付く。


「女系家系の檻紙おりがみ邸は男子禁制でね、使用人も女性のみ。結界が張られていて、男はそもそも入れないんですよ。けれど私は侵入できた。今思えばあの時点で、先代当主は殺されていたのでしょう」

「殺された……!?」

「忍び込んだ先で私が見たのは、腹を縦に大きく切り開かれて亡くなられていた先代当主の姿と、もう一人……」


 ——当時、地下牢に閉じ込められていたはずの、檻紙おりがみ千鶴ちづるの姿でした。


「それって、こいつの姉さんが母親を殺したってことか?」

「いえ、さすがにそれはないでしょう。千鶴ちづるさんがその部屋に入ってきたのは、私がそこに辿り着いたあとでした。部屋は血の海でしたが、襖を開けた千鶴ちづるさんには一滴の返り血もついていませんでしたしね。問題は逆で、先代当主の息を確かめていた私には、べったりと血が付着していたんです。……襖を開けた千鶴ちづるさんが何を見たか、わかりますね?」

「……血まみれの部屋と、腹を裂かれて死んでる母親と、返り血だらけの幼馴染か。しかも刀の扱いに長けた奴」

「間の悪いことに帯刀していたんですよねえ、状況証拠というやつです。もちろん私の刀に血はついていませんでしたよ。人の生死を確かめるのに刀は必要ありませんから。今となっては何の役にも立たない言い訳ですけど」


 本当に間が悪い。「そんなもの、普段から持ち歩いてるからだろ……」と星蓮せいれんが呆れ半分、同情半分で声を掛けるが、若宮さんの育ちからして、仕方がなかったのもわかる。


「それで? 母親殺しを疑われたのか」

「わかりません。その場の私たちは、ほとんど言葉を交わすことをしませんでした。直後の火事で先代当主の遺体は切り傷などわからないほど焼けてしまいましたし、千鶴ちづるさんの記憶は感情と共に燭台へと封じられたので、私は放火の件だけを問われ続けているわけです。それも嫌疑不十分、死人に口なしということで、今日まで見逃されてきたわけですけれど」

「……おまえ、実は本当に先代を殺した犯人なんじゃないのか」


 証拠隠滅にしか聞こえないぞ、という星蓮せいれんの言葉に、「誓って私じゃありません。しかしこのことを知っているのは、私と犯人くらいでしょう。年齢からして君たちは除外されるので口にしましたが、私はずっと、先代の檻紙おりがみ当主を殺した犯人を探しているのです」と若宮さんが答える。


「しかし疑問が二つ残った。一つ、なぜ檻紙当主の腹が開かれていたのか。……遺体の首の後ろには、小さな刺し傷がありました。死因は恐らく首の刺突によるものでしょう。ということは、犯人は先代の遺体を損壊して喜ぶような趣味も、恨みも持っていなかった。どちらかというと彼女を崇拝していた者が、なるべく苦痛なく殺そうとしたと見るべきでしょう。なのに腹が開かれていた。私はずっとその点に引っ掛かりを覚えていましたが、君の存在を知って納得しました。……犯人は、その胎内から子供を連れ去ったのだと」


 星蓮せいれんが怒りと戦慄の混ざった顔で「とんでもないな」と一言述べた。


「二つ。なぜあの時、千鶴ちづるさんは外に出ていたのか……。当時の千鶴ちづるさんは地下牢に閉じ込められていて、外に出ることは叶いませんでした。もしも彼女が檻に閉じ込められたままなら、私は彼女を火事から救うことはできなかったでしょう。結果として良かったのは確かですが、一体誰がその鍵を開けたのでしょうか。それが犯人だったなら、千鶴ちづるさんも連れ去られていたはずです」

「つまり、最低でもおまえの他にもう一人、あの火事からこいつを連れて生還した奴がいるってことか。下手するともう一人、地下牢の鍵を開けて逃げた別の奴もいることになるが」

「そういうことです。難攻不落の檻紙おりがみ邸に、結界が剥がれた瞬間があったとはいえ、それを知って忍び込む人間が私の他に二人もいたなんて思いたくはありませんが」


 はは、と自嘲気味に笑う若宮さんに、「俺からも一つ聞かせろ」と星蓮せいれんが問う。


「おまえが檻紙おりがみの家に忍び込んだ時、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だから、おまえは忍び込んだんじゃないのか。

 男子禁制、難攻不落と知っていたその屋敷に。

 地下牢に閉じ込められたままの檻紙おりがみ千鶴ちづるが、このままでは焼けてしまうと気付いたから。


 星蓮せいれんの言葉に、若宮さんは黙って人差し指を立てた。

 その質問には答えず、「そろそろ十分経ちますね」と顔を上げる。


 水の代わりに葡萄ジュースの瓶を抱えた千鶴ちづるさんが、元気そうに向こうで片手を振っていた。





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