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第八夜┊二十七「星屑を呑む魚」

「大変、怪我はありませんか?」

「あまり無謀なことをしないでください。こんな宴会の余興で命を落としたら洒落になりませんよ」


 僕らに怪我がないか確かめに来てくれたのだろう。

 傾斜を下りて駆け寄る若宮さんと千鶴ちづるさんに、害意はなさそうだった。

 けれど、そんな二人に立ちはだかるように、星蓮せいれんが起き上がって僕の前に立つ。

 彼がどんな顔をしているのか僕には判らなかったけれど、その背にゆらめく気迫が目に見えるようだった。

 二人はその場でぴたりと立ち止まって、向かい合った若宮さんが刀を抜く。


「……随分とやる気に溢れていますね。賢い君なら棄権も考えたはずですが」

「まあまあ、かさねさん。そう仰らず。心折れずに立ち向かってくださる勇猛さは貴重ですよ」


 千鶴さんが口元を袖で覆って微笑む。

 お互い、無接触で場外へ追いやる作戦は失敗してしまった。まだ続けるなら戦闘は避けられないだろう。


「それではかさねさん。今度こそ、絶対に手を出しては……」

「ああ、その約束はやめておきましょう」


 遮られた千鶴ちづるさんは、不思議そうに若宮さんを見上げる。「約束を結ばないと、私は大した力は発揮できませんよ」と続けて首を傾げた。


「充分です。やはり見ているだけでは性に合わない。そろそろ私にも活躍の場を譲っていただけませんか」

「構いませんが……。魚座ピスケス牡羊座アリエスのご友人ですよね? 斬り付けたりしたら禍根かこんを残しませんか」

「斬り付けなくとも、私の好感度など元からないようなものですから」


 笑顔で口を開けたまま数秒、千鶴さんはフォローの言葉を考えていたようだったが、結局何も思いつかなかったらしい。

小手鞠こでまり君とお茶でもしていてください」と暗に戦力外を通告されて、千鶴さんはとぼとぼとこちらに寄ると、僕のそばに屈み込んだ。


「こんにちは。け者同士仲良くしましょう」


 笑顔でねた挨拶を投げ掛けながら、千鶴ちづるさんは倒れ伏したままの僕に手を貸してくれる。

 助け起こした僕の膝から雪を払うと、「巻き込まれたら危ないですから」と千鶴さんが手を引いて、星蓮せいれんたちから距離を取った。

 

「おまえと戦っても仕方ないんだけどな。それどころか、怪我させたら俺たちの失格なんだろ?」

「見ている者もほとんどいませんし、私が負けたら君たちの勝ちでいいですよ。千鶴ちづるさんを少しばかり働かせすぎてしまったので、私が代打でも構いませんね?」

「なんだ、それなら願ったり叶ったりだ。おまえ相手ならカルタの顔色を窺わなくて済む」


 派手な音を散らす二人を尻目に、「折角の機会です、私達はこちらで会話を楽しみましょう」と千鶴さんと向かい合う。二つ置かれた透明な直方体は椅子のつもりだろうか。


「さて、ご趣味は?」

「ええっと……」


 腰掛けた途端、お見合いのような質問を投げ掛けられて思わず口ごもる。

 そういえば、僕にはこれといった趣味がないことに、聞かれて初めて気が付いた。


「特段、趣味らしいものはないんですが……、綺麗なものを眺めるのは好きです。先日は旧校舎に藤の花を見に行ったんですけど、壮観でした。それから、部屋には夕焼けを描いた絵画も飾ってあるんです」


 どっちも怪異だけれど。

 そんな僕の心の補足など知る由もない千鶴ちづるさんは、「まあ、素敵ですね」と顔を綻ばせてくれる。


魚座ピスケスは、牡羊座アリエスのご友人なのですか?」

「はい。彼はクラスメイトで、同じ寮のルームメイトでもあるんです。名前は星蓮せいれんって言って……」


 紹介している友人が、背後で激しい攻防を繰り広げているのを音と風圧だけでも感じ取れた。星蓮せいれんが頑張っているのに、僕らはこんな風に談笑していていいのだろうかとちょっぴり罪悪感が込み上げる。


「かさねさんが、あなたのことを小手鞠こでまり君と呼んでいたようですが……」


 流れるように僕の名前にも言及されて、きゅっと唇を噛み締めた。

 その後に続く質問に、きっと僕は答えられないだろう。

 肩を強張こわばらせた僕に気付いたのか、千鶴ちづるさんは不思議そうに首を傾けた。


「……もしかして、あなたも名前がないのでしょうか」

「えっ」

「私もずっと名前がなかったらしいんです。母が出生届を()()()()()()()()()そうで、私の年齢すらも覚束おぼつかない有り様だったと。ふふ、うっかりさんな母ですよね」


 千鶴ちづるというのは、かさねさんがつけてくれた名前なんですよ、と千鶴ちづるさんが笑う。

 全然、笑い話じゃない話を、笑って聞かせてくれる。

 ……千鶴ちづるさんは、自分があの家でどんな扱いを受けていたか、一つも覚えていないから。


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