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第八夜┊二十六「星屑を呑む魚」

 総司そうじさんの退場に伴って、観客の大半は会食の場に戻ったようだった。

 すっかり静かになった裏庭周辺では、さっきまで喧騒にかき消されて届かなかった蝉の声が聞こえてくる。

 冬景色だった裏庭に、夏の香りが戻ってきていた。


「寂しいものですねえ、まだお披露目ひろめは終わっていないというのに」

「俺は構わないぜ。うっかり手が滑った時に、目撃者は少ない方がいい」


 剣呑な雰囲気を漂わせる二人の横から、千鶴ちづるさんが「なんだか楽しいですね」と微笑んでくれる。「そうですね」と返して、平和に会話する僕らと火花を散らす星蓮せいれんたちの、ペアをまたいだ二組が出来上がっていた。


「最近どこに行っても、食べてもいい相手とダメな相手が並んでるんだよなぁ」

「それはルールの話でしょうか? それとも、小手鞠こでまり君に怒られるかどうかの話をしています?」

「どうだったかな、食べてみたら思い出すかも」


 星蓮せいれんはニヒルな笑いを浮かべて、その場で軽く地面を蹴った。


 途端、大型トラックがぶつかったようなけたたましい音が響いて、星蓮せいれんを中心とした周囲の地面が大きく沈み込む。

 雪と砕石の入り混じった地面の表面に細かな亀裂が走り、その亀裂はどんどん拡大していった。

 微かに感じた震動はすぐに激しさを増して、ぐらぐらと揺れながら千鶴ちづるさんたちの足元の地面が隆起する。やがて地面は滑り台のような、巨大な傾斜を形成していった。

 角度のついた傾斜は波打つように起伏して、その上にいる千鶴ちづるさんたちを大海原のように揺さぶっている。二人の足元では地面が砂のように崩れ落ち、傾斜の奥——、場外へと引きずり出そうとしていた。


「こういうシンプルな攻撃が、実は私達には一番効くんですよねぇ……。大丈夫ですか、千鶴ちづるさん」


 若宮さんが持っていた刀をそばにあった木の幹に突き刺して、振り落とされないように踏みとどまる。一方の千鶴ちづるさんは、きっちり水平になるよう計算された角度で四角柱の結界を生成して、ゆったりとその上に腰掛けていた。


「場外狙いでしょうか、お優しいことだ。しかし彼、一体何キロあるんでしょう」

「踏み抜いた速度と影響範囲から察するに、推定500トンですね」

「シロナガスクジラだって150トンが限界ですよ。彼、本当に大きな怪異なんですねぇ」


 若宮さんが感心したように星蓮せいれんに視線を向ける。

 この一瞬で星蓮せいれんの体重を割り出せるなんてすごいな、なんて思っていると、星蓮せいれんが「なあ、場外作戦失敗しそうだけど、どうする?」と僕を見た。


「うーん、じゃあプランB?」

「どれだよプランB」

「君が怒りそうなやつ」

「それは俺が怒るからダメ」


 あっさり却下されて足元の小石を蹴る。

 そんな僕らのやりとりを見てか、千鶴ちづるさんも「私たちはどの『ぷらん』でいきましょうか」と若宮さんを振り返った。


「……私の知る限り、事前にプランの打ち合わせなんてなかったと思うのですが」

「では、『ぷらんびー』で」

「ええっと、プランBとはどんな作戦でしょうか?」

「因果応報、天網恢恢てんもうかいかいすなわち『やられたらやりかえせ』です」


 たった今作ったらしきプラン名を掲げると、千鶴ちづるさんは目の前の空気を撫でるように、指を横に滑らせる。


「冬夜白鯨劇、表題『魚座ピスケス』」


 再び地面が揺れた。足元から汽笛のような長い低音が響いて、その気配が段々と近付いてくる。

 それがクジラの鳴き声だと気付いた時には、地面に大きなヒビが入っていた。


「うっ、わ……!」


 巨大な氷のクジラが海面から背中を持ち上げるように、足元の土塊が地中から押し上げられていく。隆起は星蓮せいれんを中心に広がり、足元から現れた巨大な氷のクジラが、僕らを背に乗せたまま頭をもたげた。

 透明な氷の背は、どこにも掴まるところがない。踏み止まろうにもつるつると滑ってしまって、緩い傾斜の上を僕らは成すすべなく滑り落ちていく。クジラの尻尾の先は場外だった。


「お、落ちる……っ」

「カルタ、手を貸せ!」


 必死にこっちに手を伸ばす星蓮せいれんの腕にしがみつくと、星蓮せいれんは僕を抱えたまま、振り上げたかかとをクジラの背に落とす。

 クジラは大きな叫びをあげて巨躯をくねらせたが、その下半身はあっけなく砕け散ってしまった。

 

「わ、わぁ————っ!!」

「あらあら……」


 地面だったものを失って、僕は悲鳴をあげる。今日はなんだかよく落ちる日だ。

 エントランスホールの時は、落ちた先が千鶴ちづるさんと柔らかい絨毯だったからまだよかったけれど、今度の墜落先は石と木の枝が散らばるただの地面。接触したら僕は大いに不老不死の力に頼ることになるだろう。

 ぎゅっと目を瞑る僕に、千鶴ちづるさんがもう一度指を振る。

 結界だろうか。柔らかい床のようなものを何枚か突き破ったような感覚があって、落下の勢いを殺された僕らは、雪の上にぽすりと落ちた。



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