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【C106出展】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
怪異アレルギーと嘆きの人魚
7/106

第二夜┊二「陸を泳ぐ魚」

 ——こうなったら強硬手段だ。

 僕は据わった目で、「ふふふ」と悪どい笑みを浮かべた。

 既に門限破りの常習犯。いまさら僕に行儀の良さなんて、誰も求めていないだろう。


 心の中で言い訳を並べ立てつつも、小心者の僕は人の出払った職員室を何度も覗き込んでから、慎重に中へと忍び込んだ。


 さて、クラス名簿は簡単に見つかった。

 いくら彼でも教室に席があるのだから、ここに()っていないということはないだろう。

 僕は担任の机上でそれを開きながら、並べられた名前を視線で追う。

 出席番号一番から綾瀬川(あやせがわ)一条いちじょう愛色(いとしき)卯ノ花(うのはな)榎森(えのもり)鬼ヶ島(おにがしま)影踏(かげふみ)風車(かざぐるま)桔梗(ききょう)桐崎きりさき久寿餅(くずもち)源平げんだいら

 十三番目の空白を飛ばして、十四番、——星蓮(せいれん)

 彼は僕の後ろの席だから、彼が「星蓮せいれん」で間違いないだろう。

 

星蓮せいれん、っていうのか」

 

 確かに彼はなんとなく、星空のような雰囲気がある。

 宵闇にたゆたう空気のように、静かにそこにいてくれるような、荘厳で、壮大で、でもよく見るとキラキラした……。


「あれ……。なんか昔も、そんなものを見たような気が……」


 僕はおぼろげな記憶の糸を手繰たぐり寄せながら、空欄だった場所に自分の名前を書き入れると、そっとクラス名簿を閉じた。




 ✤




「ねえねえ聞いた? 《嘆きの人魚》の噂話」

「なんでも夜になるたびに」

「旧校舎の中庭の池には」

「綺麗な人魚が現れるとか」

「その人魚は悲しい歌を歌いながら」

「涙を流し続けてるらしいよ」

「でもその歌声を聞いてしまえば最後」

「その人も悲しみに囚われて」

「永遠に人魚と共に泣き続けるんだって」


「「ああ、恐ろしや恐ろしや」」



 旧校舎の顔なし女がいなくなったばかりだというのに、あっという間に次の噂話で盛り上がっている女の子たちを尻目に、「人の心って秋の空だよなあ」と彼——星蓮せいれんがこぼす。


「女心と秋の空、だけどな」

「男心も移り変わってるじゃないか」

「秋の空ほどの移ろいやすさではないんだと、その言葉を作った人は言いたかったんじゃないかな……」


 後半は自信がなくなって、手元の国語辞典をぱらぱらとった。そんな僕を流し目で見やりながら、彼は女子にもらったらしい棒付きキャンディに歯を立てる。

 ガリッと飴の欠ける音が聞こえてきた。

 

「移り気な薄情者め」

「え、僕?」

「どんなにいい女でも怪異はダメだって言ってたくせに、部屋にまで連れて帰ってきて」


 顔なし女の絵画のことだろうか。

 こちらを見ずにボソボソと呟く彼の頬は、心なしかふくれている。

 確かに、怪異はそばにいるとアレルギーで痒くなったり、具合が悪くなったりするし、そうでなくとも彼らは嘘をついて僕を惑わそうとしてくるから、これまでは積極的に関わりたくはなかったのだが。

 封印された怪異にはどうやらアレルギーも起きないようで、絵画を前にしても僕の体調に変化はない。

 単純にあの絵は鑑賞用としても遜色(そんしょく)のない出来栄えだったし、なんとなく彼女をあの美術室に置き去りにするのははばかられて、わがままを言って彼に運んでもらったのだ。


「ごめん、もしかして嫌だった?」


 そのことに今の今まで全く思い至らなかった自分にびっくりして、彼に問う。確かに、怪異の入った動く絵なんて、普通は気味が悪いものだろう。運び入れる前に、同室である彼には許諾を得るべきだった。

 しゅんとうなだれる僕に、「そういうわけじゃないけど」と彼は言い淀みながらも、慌てて慰めの言葉をかけてくれる。

 

「本当に嫌だったら運んでないさ。だけど、やっとおまえが寮室に帰ってきてくれるようになったと思ったら、今度はあの女と喋ってばかりだろ? もう少し俺ともコミュニケーションをだな……」

向日葵ひまわりさんとは、別にそんなんじゃ」

「名前までつけてるのかよ!」


 彼が頭を抱えるが、「だからそんなのじゃないって言ってるだろ」と僕も憤慨する。決して僕が名付けたわけではなく、向日葵ひまわりさんは正真正銘、向日葵ひまわりの怪異だっただけだ。

 

 校舎の下敷きになり、咲けなくなってしまった大輪の花。

 彼女が元々鳥や兎だったのなら、僕らを追いかける彼女の足はもっと速かっただろう。

 やけに長い首と細長いシルエット。よたよたと、不慣れな足をぎこちなく動かして追いかけてきた彼女。

 なんということはない。赤、緑、青……。様々な色を混ぜて黒く塗りつぶされていたように見えた彼女の顔は、彼女本来の顔をしっかりていた雛遊ひなあそびさんの、正しい下書きだったのだ。


 あの黒一色の中に、雛遊ひなあそびさんはきっとたくさんの表情を見ていたのだろう。僕は、彼女がいずれ描こうとしていた線をなぞっただけだ。 

 それでも彼は腑に落ちない様子で「はあ、俺も絵画になればよかった」なんてぼやいてみせる。

 ルームメイトとのコミュニケーション不足については三人で会話すれば解決するのだろうが、僕らの間で交わされる議論は、もっぱら彼の名前をどうやって窺い知るかというもので、彼に聞かせられるはずもない。


 ちなみに、職員室に忍び込んで名簿を確認するよう助言したのは、言わずもがな向日葵ひまわりさんである。

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