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第八夜┊二十五「星屑を呑む魚」

 目の前で沈黙した会場に、「さ、四十九番も終わったみたいだし、君らで最後だよ」と黒髪の男に促されて、凍てついた結界の中に足を踏み入れる。


「……星蓮せいれん?」


 ついてこない友人を訝しんで振り返ると、星蓮せいれんが青い顔で首をぶんぶんと横に振っていた。


「さ、さすがに無理だって。見てただろ今の。かないっこねーよ」

「大きな魚は誰にも負けない」

「なんで急に俺のこと過大評価するんだよ。無理だって。一発ドカンの勝負ならなんとかなったかもしれないけど、あんな風に戦略入り始めたら専門家には勝てねーよ。俺、あんなデタラメな攻撃からおまえのこと守ってやれる自信ない」


 嫌がる星蓮せいれんなかば引きずるようにして、会場に入る。

 平地に黒砕石が撒かれていただけの会場は、総司そうじさんの力で豊かな森となり、千鶴ちづるさんの力ですっかり凍りついていた。僕は美術品でも眺めるような気持ちで、まじまじと凍った草木を見つめる。


 本当にすごい力だ。

 僕にも何かできたりしないかな、と葉っぱに手をかざしてみたけれど、何も起きなかった。


「……おまえの姉さん、やっぱり怪異になっちゃってたな」

「でも千鶴ちづるさん、楽しそうだったから」


 僕の反応が怖かったのだろうか、恐る恐る声をかけてくる星蓮せいれんにそう答える。

 千鶴ちづるさんが自分の身の上を嘆いていたりしたら、僕も思うところはあっただろうけれど。なんだかんだ、式神生活をエンジョイしているように見えたし。

 素人目に見ても、千鶴ちづるさんはものすごく強いのだとわかった。あれならその辺の怪異に怪我を負わされるようなこともないだろう。


 極端な寒気からは既に解放されたようで、会場の中は肌寒くはあるものの、身の危険を感じるほどではない。

 気温は10度前後だろうか。少しだけ解けた氷が、葉の先から雫となって滴り落ちていた。


「頑張ったら勝てそう?」

「正直かなり厳しいぞ。俺らが開始五分もたない可能性の方が高いんじゃねーの。でもおまえ、勝ちたいんだよな?」

「うん、勝ちたい」


 星蓮せいれんは渋い顔だが、「おまえが勝ちたいのって、例の『なんでも一つ質問できる権利』のためだよな」と尋ねる。


「勝ったら何を聞くんだ?」

「悩み中。たくさんあって、どれにするか迷ってるんだ……」


 星蓮せいれんは「うーん」と真剣に勝ち筋を考えてくれたみたいだけれど、「いや、やっぱり無理だろ」と肩を落とした。


「ほどよく倒すってのに向いてないんだよな。おまえの姉さんを食うわけにいかないし」

「でも、それは多分あっちも同じだと思う。千鶴ちづるさん、手加減できないみたい」


 僕の言葉に、星蓮せいれんも思い当たる節があったようで「ああ、なるほどな」と呟いた。

 対鴉取(アトリ)戦で千鶴さんが見せた術は、いずれも全範囲を満遍まんべんなく塗り潰すような攻撃だった。小さな一箇所を狙い撃つことは難しいのだろう。

 もちろん、狙い撃てば最速の怪異である鴉取アトリには避けられてしまうから、そのやり方で正解だったのだろうけれど。


「そりゃ、あれだけ封具をじゃらじゃらつけられてたら、精緻せいちなコントロールなんてできないよな。結界の方は緻密ちみつに計算されてるみたいだけど、妖術の方はまだそんなに慣れてないんだろ」

「僕、少しだけ作戦があるんだけど……」


 怒るだろうな、と思いながら星蓮せいれんに耳を貸してもらう。

 伝え終えると案の定、平べったい目でこちらを見返してきた。


「俺、おまえに怪我させるために不老不死にしたわけじゃないんだぞ」

「お願い。今日だけ、僕のことは守らなくてもいいから。どうしても勝ちたいんだ」

「そうは言ってもな……」


 ためらう星蓮せいれんの言葉を遮るように、「ギャァ!」とカラスが鳴く声がした。


「じっとしていてください、鴉取アトリさん。治療中ですよ」

「わざとやろ! さっき自分のことは一瞬で治してたやん!」

「疲れているので時間が掛かるんです」

「い、痛いんやって、そない触らんといて! そこ折れてもうてるんやから……、ギャァッ!」


 仮死状態から目覚めたらしい鴉取アトリを、どうやら千鶴ちづるさんが治してあげているらしい。 「優しくていい人だね」と星蓮せいれんを向くと、「おまえ、それ本気で言ってるのか?」と返される。

 千鶴ちづるさんが握っている腰の翼は、関節ではないところで大きく折れ曲がってしまっていた。


総司そうじ! この人怒れないなんて嘘やろ、めちゃくちゃ怒ってはるやん!」

「知らん、燭台のことはかさねにでも聞け」

千鶴ちづるさんは元から怒ったりなんてしませんよ。ほら、今もこんなに笑顔であなたの治療に励んでくれているじゃないですか」

「こない乱暴な子ぉやなかったやろ! さっきから俺の翼が曲がったらアカン方向に……っ、ちょ、痛い痛い! だからそっちには曲がらんのやって! そ、総司そうじー! 見とらんと助けて!」

「全身の凍傷もだが、背と翼の擦過傷さっかしょうと骨折が特に酷い。その傷は自然治癒には時間がかかる。しっかり治してもらえ」

「手のひらの刺し傷もですね。……はい、大体構造は理解しました」


 もう立っても大丈夫ですよ、と促されて、すぐさま鴉取アトリ総司そうじさんの後ろに引っ込む。

 腰から伸びる翼は、いつの間にか元のつややかさを取り戻していた。


「私たちはもう一戦残っているので、今は骨折と大きな傷の治療だけでご容赦ください。細かい傷にはあとで塗り薬を処方します。少し深い傷もありますので、二週間はご安静に」

「薬代はのちほどきっちり請求します。それから、エントランスホールの柱の修理代は妹の方へ」


 ほう、と総司そうじさんに睨まれて、鴉取アトリが縮こまる。

 ……柱を壊したのは星蓮せいれんだけど、僕らに支払い能力はないので、ここで割って入っても仕方がない。

 黙っている僕に、千鶴さんが気付いて片手を振った。


「ああ、牡羊座アリエス。お待たせしていてすみません」


 にこやかに手を挙げる千鶴さんに、僕も小さく手を振る。

 総司そうじさんもつられたように振り返って僕を見た。


「……檻紙おりがみ。お前ももう疲れているだろう。結果が見えているのに子供の相手をしてやる必要はない」

「そういう言い方をするから子供に嫌われるんですよ。素直に牡羊座アリエスが心配だと言えばいい」


 若宮さんがやれやれと嘆息しながらも、「とはいえ疲れているのも事実ですし、誰かさんのせいで千鶴さんの着物に泥も跳ねてしまいました。帰っていいなら帰りましょう」と隣に座り込んでいる千鶴ちづるさんを見下ろす。

 このままでは不戦敗になってしまう。慌てた僕が何かを言う前に、千鶴ちづるさんが「いいえ」と首を振った。


「私は牡羊座アリエスに『待っています』と言いました。私は約束の怪異です。それを破ることはあってはなりません。……お待ちしていましたよ、牡羊座アリエス。さあ、お披露目ひろめを始めましょう」


 千鶴ちづるさんに受け入れられて、僕は嬉しさを噛み締めながら「よろしくお願いします」と頭を下げる。

 総司そうじさんは何度か物言いたげに僕を振り返っていたけれど、鴉取アトリに背を押されて会場を後にした。


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