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第八夜┊十三「天秤は彼方に傾いた」後編

 総司そうじさんを筆頭に、討伐反対にも僕と千鶴ちづるさんの二票が入って、票の数は拮抗した。


「彼の意見を取り込むなら三対三ですね……」

「なぜ取り込む必要が? 彼はあくまで付添人であり、議席を持たない一般人です。投票権はありません」

「席に着けている時点で、この者は牡羊座アリエスとして神に認められている」

「進行の琴座ライラ牡羊座アリエス代理として彼の着席を認めました。彼の意見は投票権を有します」


 僕の票は無効だと主張する若宮さんに、総司そうじさんと千鶴ちづるさんがそれぞれ擁護してくれる。二人とも反対派だから当然の流れだ。

 賛成派のいろはさんもルール上反論できないようで、まだ票を入れていない最後の一人に視線を送った。

 

天秤座リブラ、投票を」

「天秤座は名の通り絶対中立。ましてや自分の意見が結果を左右するこの局面では投票しませんよ」


 だから先に入れておけば良かったのに、と若宮さんがこぼす。

 天秤座リブラ雛遊ひなあそびはじめを除いた出席者は六人。

 このままでは決着がつかないだろう。


「……投票先を決める前に、いくつか明らかにしておきたいことがあります」


 少し間をおいて、雛遊ひなあそび先生が口を開く。

 先生が票を投じるなら、それが人議ひとはかりの決定となる。場の全員が雛遊ひなあそび先生の言葉に耳を傾けていた。


「討伐反対派の皆さんへ。一つ、次のにえは誰になさるつもりですか? これまでは代々檻紙おりがみの当主が捧げられてきましたが、今やその血も途絶えました。犠牲を出すことを望むのであれば、本日の出席者から選出するのが筋でしょう。二つ、我々が選出したにえは、果たして受け入れられるでしょうか。檻紙おりがみの娘をにえに出すことは土地神様が望んだこと。しかし他の者を選出して、それがにえの役割を果たせるのでしょうか。犬死にだなんて笑えませんよ」


 静かな雛遊ひなあそび先生の質疑に、「回答しましょう」と千鶴ちづるさんが席を立つ。


「提示いただいた二つの疑問に、最善の回答を。次のにえも慣習にならい、檻紙おりがみの当主が担います」


 千鶴ちづるさんは柔らかい口調で、「お披露目ひろめまで取っておく予定だったのですが、この場の皆さんはもうお気付きのようですね」と、自分の顔を覆っていた紙面に手を掛けた。

 黒い紙面の下から、淡い藤色の瞳がゆったりと出席者を見渡して、悠然と微笑む。

 

「改めて自己紹介を。今代の檻紙おりがみ当主、名を千鶴ちづると申します」

「人間……?」

「はい、人間です。生きていますよ」


 あっけらかんとした回答に、いろはさんが息を呑んで顔を覆う。

 若宮さんや雛遊ひなあそび先生と幼馴染であるならば、いろはさんと千鶴ちづるさんもまた友人だったのだろう。大きなため息と共に、「ああ、なんてこと。今日ほど神に感謝したことはないわ……」と小さな呟きが、涙声に入り混じって聞こえてきた。


「式神というのは嘘だったんですか?」

「その質問に答えるのは少々難しいのですが、そもそも私は千鶴ちづるさんを『式神』だなんて言った覚えはありませんよ。周囲が勝手にそう思い込んだだけです。噂とは怖いものですねえ。事実を簡単にじ曲げてしまう」

「どの口が言うんだか」


 雛遊ひなあそび先生は呆れたように締めくくってから、「お帰りなさい、檻紙おりがみさん」と千鶴ちづるさんに落ち着いた微笑みを向ける。

 総司そうじさんと星蓮せいれんは、人間だと主張する千鶴ちづるさんに思うところがあったようだが、旧友が生きていたと知って涙ぐんでいるいろはさんの手前、それ以上の追及を諦めたようだった。


「お前は、かさね檻紙おりがみに火を放ったことを知っているのだな」

「ええ、存じております。しかし私はその記憶を含め、大火災以前の記憶を保持していません。あくまで、かさねさん本人より聞き及んだ情報です」

「ああ、なるほど。冒頭の茶番は千鶴ちづるさんの反応を見ていたんですね。意地悪な人だ。突然火事の話なんて始めるものだから、本当に耄碌もうろくしてしまったのかと思いましたよ」

「ふん、こんな小童こわっぱ檻紙おりがみ当主が付き従うなど、正気とは思えないが……。お前が全てを知った上でそう望むなら何も言うまい」


 総司そうじさんたちの会話が終わったことを確認して、雛遊ひなあそび先生が続ける。

 

「では回答を受けて、三つ目の質問を。今代は檻紙おりがみの血を継ぐあなたがにえとなる意志があることは承知しました。では次は? あなたも娘を生み、また同じような運命を辿らせるのですか?」

「……」


 それまで毅然と返してきた千鶴ちづるさんだったが、重ねられた雛遊ひなあそび先生の問いに、はじめて逡巡しゅんじゅんする様子を見せた。


「黙秘は否定と受け取ります。その場合、一世代後にまた同じ議論をすることになるでしょう。もしそこで土地神を討伐することになるのであれば、犠牲者が一人でも少ないうちに——、今代のうちにその結論を出すべきではありませんか?」

「いけません、土地神様には……」


 千鶴ちづるさんは胸を押さえて、絞り出すように回答する。

 僕にはそれが哀願にも見えて、いたたまれない気持ちになった。


「土地神様と争うべきではありません。人は神に敵わないのです。歴史がそれを証明しています。私一人の確かな犠牲で、檻紙おりがみは怪異から皆さんを守る力をたまわれます。次代については……、時間をください。土地神様とお話してみせます。それに討伐賛成派のみなさまは一体、土地神様とどのように争われるおつもりですか? 過去誰も成し得なかったことを、どうして完遂できるとお思いでしょうか」

「さあ。あなたの命がかっているんです。きっとかさねさんがなんとかするでしょう」

 

 突然の名指しに、若宮さんが片手で口元を抑えながらも破顔する。

 雛遊ひなあそびはじめは討議を盛大に放り投げると、投票先を宣言した。

 


「議論は決しました。天秤座リブラ射手座サジタリアスに賛成の票を投じます」


若宮姓で呼ぶものは「かさね」、

綾取あやとり姓で呼ぶものは「かさね」表記になります。

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