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第八夜┊十「人議は争いやまず」前編

 廊下の奥の会議室は、宴の場として開放されていた「典雅の間」とは打って変わって、重い空気で満たされていた。

 中央に鎮座する大きな丸テーブルには、時計のように「Ⅰ」から「Ⅻ」までの立札が一周置かれていて、それぞれに椅子が割り当てられている。

 僕ら以外の人たちは既に席についていたが、星蓮せいれんたちの分を加味しても、半分ほどは空席だった。


 当然だけど僕の席はない。仕方なく「Ⅲ」に座る星蓮せいれんの後ろに立ち、部外者として居心地の悪さを存分に味わうことにした。


 若宮さんと千鶴ちづるさん、星蓮せいれんがそれぞれ自分の席について、ちょうど半数の席が埋まる。「Ⅹ」の席に雛遊ひなあそび先生の姿があって、「良かった、無事だったんですね!」と声を掛けようかと思ったけれど、その表情の暗さに僕はきゅっと口を閉ざした。

 よく見れば、星蓮せいれんの二つ隣には、雛遊ひなあそび先生を閉じ込めた張本人だと思われるさっきの男の人もいる。こんなところで話し掛けられたら雛遊ひなあそび先生も困ってしまうだろう。


 星蓮せいれんも、僕を襲った鴉取アトリの主人である男の人に、冷たい怒りの籠もった視線を送っていた。

 鴉取アトリ本人はここには来ていないようだが、そんなことは星蓮せいれんには関係がないのだろう。


 さらに「Ⅰ」には若宮さんの妹さんが座っていて、隣の「Ⅻ」に掛ける若宮さんを見ようともしない。

 このぎくしゃくした空気の悪さは、そのまま人間関係の悪さでもあるのだろう。雛遊ひなあそび先生が「混沌としている」と言い、若宮さんが「退屈な会議」と言っていた人議ひとはかりの意味を、今更ながらに察した。ここでは僕は黙っている方が良さそうだ。



 錚々(そうそう)たる面々の中で、重い空気を打ち破るように最初に口を開いたのは、白い着物に身を包んだ、僕らのよく知る人だった。

 

「おや、あなたがご出席とは珍しい。崇高なる天秤座リブラはこのような雑談にはまじわらないのかと思っていました」

 人議ひとはかり第十二席 射手座サジタリアス

 ——若宮かさね


「私の出欠など議題に無いでしょう。つまらないことに水を向けないでいただけますか」

 人議ひとはかり第十席 天秤座リブラ

 ——雛遊ひなあそびはじめ


「ここは人議ひとはかり。なぜ怪異が出席している」

 人議ひとはかり第五席 牡牛座タウルス

 ——雛遊ひなあそび 総司そうじ

 

「あら、それはもしや私のことを仰っているのでしょうか」

 人議ひとはかり第九席 乙女座ヴィルゴ

 ——式神『檻紙おりがみ千鶴ちづる


「俺は来いって言われたから来ただけだ。帰っていいなら今すぐ帰るさ」

 人議ひとはかり第三席 魚座ピスケス

 ——怪異『星蓮せいれん


 

「静粛に」


 凛とした声が室内に轟き、ざわめきたっていた面々が一斉に口を閉じる。

 一時の席に立つ妹さんが、分厚い議事資料を手に室内を見渡した。

 

「半数の出席が認められたため、規定にのっと人議ひとはかりを開催します。第一席、山羊座カプリコルヌスの不在に代わり、琴座ライラ綾取あやとりいろはが進行を務めます。議題は——」


 冷静な進行に安心したのも束の間、蜂蜜色ハニーブロンドの男が「ふん」と鼻を鳴らす。

 総司そうじと呼ばれていた男は、恐らくこの場で一番偉い人なのだろう。若宮さんの妹さんこと綾取あやとりいろはさんは、議題の読み上げを諦めて、総司そうじさんに場の主導権を譲ったようだ。


人議ひとはかりも今やすっかり子供の遊戯会だな、稚拙で目も当てられん。檻紙おりがみ大火たいかがなければこの場の顔ぶれももう少しマシだったものを」

「はは。十年も昔の思い出話に花を咲かせるなんて、お年寄りは悠長でいいですね」


 開幕から話の腰を折られた妹さんに代わって、若宮さんが笑顔で皮肉を返す。その目は全く笑っていなかった。


「しかしここは人議ひとはかり。過去の惨劇ではなく、未来の惨事を防ぐために対策を話し合う場です」

「お前が……、檻紙おりがみに火を放った張本人であるお前が、よくもぬけぬけと!」


 総司そうじさんは音を立てて席から立ち上がると、五十路の体のどこからそんな声量が出るのかと驚くくらい、猛烈な剣幕でえた。

 まくし立てられる激しい怒りに、びりびりと空気が震える。


 若宮さんは、司会を務める隣のいろはさんを横目で確認していたが、いろはさんは肩をすくめただけで止める様子はない。ここで止めたところで、何度でも蒸し返されると判断してのことだろう。


「はぁ、久方振りの開催だというのに、これでは何の意味もない。議題に戻りませんか」

「お前の持ち込んだ議題になど興味はない。仰々しい式神まで連れて、今更こんな場所に何の用だ。檻紙おりがみに火を放ったお前こそが怪異なのではないかという噂まで飛び交っていたぞ」

「おや、そんな面白い話を考えられるなんて、一体どこのどなたてす? 人と怪異の区別もつかないようでは廃業をおすすめしますよ。家名を教えていただければ、私が手続きをしておきましょう。祓い屋なんてつまらない仕事をやめて、今すぐ作家になるよう説得しなくては」


 臆せず返す若宮さんの物言いがおかしくて、つい「はは」と笑い声を漏らす。

 しん……と会議室が静まり返り、全員の視線が僕に注がれて、あ、やらかした、と僕は青ざめた。




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