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【画集2弾発売中】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
トレーディング・クッキー
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第七夜┊四「半分の鍵」

 結局目的を果たせず、二度目の敗走となった僕らが教室に戻ると、誰かが黒板の下で屈み込んで、懸命に床を掻いていた。

 ただならぬ様子に恐る恐る近寄ってみると、その後ろ姿は出席番号七番、影踏かげふみとかげだった。


影踏かげふみ君、どうかした?」

「あ、小手鞠こでまり。悪いが長い針とか、細長い棒みたいなものを持ってないか? この隙間に五百円玉を落としちまって」


 影踏かげふみくんが指し示したのは、黒板の真下にある壁と木目の隙間だった。

 転がり落ちてしまったのだろうか。男子高校生にとって五百円は大金だ。僕らは手に持っていた骨膜剥離子こつまくはくりしに視線をやる。


「なんか、ものすごいうってつけなものを持ってるんだけど……、使う?」

「それ、何だ?」

骨膜剥離子こつまくはくりし


 名前だけで用途を察したのだろう。影踏かげふみ君は一瞬ためらうような表情を浮かべたけれど、すぐにかぶりを振って「助かる」とそれを受け取った。

 

 ほどなくして、なんとか隙間から五百円玉をすくい上げることに成功したが、元は柔らかい人体の内側を相手に使われるものだ。常用外の使われ方をしたせいか、新品同様だった骨膜剥離子こつまくはくりしは、すっかり刃先がこぼれてしまっていた。


「わ、悪い、星蓮せいれん。弁償する」

「いいよ。俺等が持ってたところで、他に使い道なかったし」

「でも……」


 本当に弁償する気でいたのだろう。言い淀みながらも影踏かげふみ君が骨膜剥離子こつまくはくりしの値段を調べて、「うわ」と声を上げた。

 正真正銘の手術器具であるそれは、卯ノ花グループの株価代には遠く及ばないにしても、一般的なお小遣いで買えるような値段ではないはずだ。


 「ほ、本当に悪い」と平身低頭して謝る影踏かげふみ君に、「気にするなって」と星蓮が笑って片手を振るが、真面目な彼は気が収まらないのだろう。

 「あげられるもの、これくらいしかないんだが……」と差し出してきたのは、二段重ねの重箱だった。


「なにそれ」

「いなり寿司」


 受け取った中身は端的な回答の通り、おいしそうなお稲荷さんがぎゅっと詰められている。

 二段目は筑前煮などのおかずが入っていて、もしかしなくてもこれは彼の昼食ではないのだろうか。


「さすがにクラスメイトから昼食を巻き上げる趣味はないぞ」

「ああ、持ってきたは良いんだけど、先輩に昼食を誘われちまって。俺は食堂で食うから、もし食事がまだだったら受け取ってくれないか」


 そういうことならば、ありがたくいただこう。

 影踏かげふみ君は「こんなんじゃ何の足しにもならないだろうけど」と申し訳無さそうにしていたが、僕らにしてみれば本日一番の交換材料だった。

 僕らも星蓮せいれんが用意したお弁当はあるけれど、彼の胃袋は無尽蔵なので、重箱が二段増えたくらいではどうということはないはずだ。

 

 昼休みも残り半分となってしまったし、食堂へと急ぐ影踏かげふみ君を見送ると、僕らはいそいそ机をくっつけて弁当箱を並べていく。

 星蓮せいれんの用意してくれたお弁当は唐揚げや卵焼き、小さめに切った焼き魚とオーソドックスなもので、被りもなかった。

 手を合わせて、箸を取る。何から食べようか迷ってしまう品数だが、僕は星蓮せいれん作の焼売シュウマイから口を付けることにした。


「並べると圧巻だね。影踏かげふみ君も料理するんだ」

「他人の料理は詰め方も味付けも勉強になるな。どうも手慣れてきた分、作る味が似通ってきてたから丁度良かった」


 得意料理なんだろうか、影踏かげふみ君のいなり寿司は絶品だった。他のおかずについては、どうしても食べ慣れているだけ星蓮せいれんが作ったものの方が好みだったけれど、いなり寿司は一段レベルが違う。

 星蓮も気に入ったようで、「あとで作り方を聞いておくか」と対抗心を燃やしていた。


 そんな僕の肩を指先で小さく叩いて、「あの……、小手鞠こでまり君……」とひどく遠慮がちに小声で呼ばれて振り返る。

 声の主は愛色いとしきさんだった。


「今日は縁があるな。どうかしたのか?」

「ごめんね、お食事中に……。あの、二人にお願いがあって……」


 歯切れ悪く視線を落とす愛色いとしきさんは、その他大勢の前で見せる間延びした声音とも、素の毅然とした態度とも違う。

 何か困りごとだろうかと、僕らは箸をおいて椅子ごと振り返った。


「こ、……、こ……」

「こ?」

「コンちゃんがね、その、どうしてもそれ、食べたいって……」


 真っ赤になった顔を手で覆いながら、視線を背けつつ愛色いとしきさんが「ごめん……、一つもらえたり、しないかな……」と懇願する。

 愛色いとしきさんは普段、どれだけ困っていようが、あるいは事件に巻き込まれていようが、自分のことならのらりくらりとかわしてみせるか、笑顔でなんでも我慢してしまう人だ。こんな風に他人にお願い事をするなんて慣れていないのだろう。

 というか、大事な「あるじさま」になんてことを言わせてるんだ、あの管狐くだぎつね


「教室、いま私たちしかいないから……」


 教室内を見渡す星蓮せいれんに、愛色いとしきさんがダメ押しする。あまり人前で怪異と会話すべきでないと言った星蓮せいれんの言葉を、きちんと守っているのだろう。

 それに誰かが急に入ってきたとしても、コンちゃんの姿は他人には見えない。


「まあ、良いんじゃないか?」と星蓮は隣にもう一つ椅子を置いた。


「良かったぁ、ありがとう。コンちゃん、出てきていいよ。ちゃんと二人にありがとうしてね」


 愛色いとしきさんに呼ばれて、管狐くだぎつねが机の中から顔を出す。

 匂いに釣られるようにふらふらと机に近寄って、胡麻を擦るように小さな手をこまねいた。

 

「なんと素晴らしい香り……! 誘引ゆういんの血にも負けず劣らずの吸引力!」

「おまえ、あんま主人に恥かかせてやるなよ。愛色いとしきはおまえのために俺らに声掛けてお願いまでしてきたんだぞ」

「ああっ、あるじさま、わたくしのためにそのような……!」


 コンちゃんは机の上に二足で立つと、愛色いとしきさんの首に腕を伸ばす。

 小さいので背伸びしても胸に張り付いているだけになっているが、大好きな管狐くだぎつねに抱擁(っぽい張り付かれ方)をされて、愛色いとしきさんは今度は別の理由で赤くなっていた。


「折角だから愛色いとしきも食っていけよ。なかなかだったぞ」

「今日はなんだか貰ってばっかりだね。星蓮せいれん君には敵わないけど、今度私もお弁当つくってくるよ」

「……それはなんだか、おまえのファンとか卯ノ花あたりが大騒ぎしそうだな」


 談笑する横で、コンちゃんは愛色いとしきさんに切り分けてもらったお稲荷さんを大喜びで咀嚼している。やはり狐は油揚げが好きなのだろうか。


「ああ、全身に染み渡る出汁の味……。こんな素晴らしいものを、あるじさまの手ずから与えていただけるなど、至福の極み!」

「コンちゃんがお稲荷さん好きなんて知らなかったー。私も作り方、勉強してみるね」

「そ、そんな、これ以上あるじさまにご迷惑をおかけするわけには! お任せください、わたくしめが習って参ります! 必ずや、これより美味しいものをあるじさまにお届けしますぞ!」

「うーん、無理しないでねー?」


 コンちゃんの意気込みとは裏腹に、その鈍臭さを知る三人はそれぞれ微妙な顔をしている。

 まあ、どれだけ失敗してもキッチンを破壊することはないだろう。

 星蓮せいれんが作ったえ物を口に運んでいると、コンちゃんが「いただいた分はお返しせねばとあるじさまから教わった。受け取るが良い」と僕の前に謎の金属片を取り出して置いた。

 最近どこかで見たような、ブロンズシルバーの金属片は、鍵の先端部分だろうか。


「……それ、例の『鍵』じゃないのか」


 星蓮せいれんの言葉に、言われてみれば確かに似ているなと思い返す。

 雛遊ひなあそび先生や星蓮せいれんが持っていた、人議ひとはかりの入場権となる鍵は、持ち手部分にそれぞれのモチーフと席次の番号があしらわれていたはずだが。

 半分に折れてしまったらしい鍵の先端では、これが何座の鍵なのかまでは分からなかった。


「これをどこで見つけた?」

「以前、旧校舎で拾ったものだ。その鍵はお前に渡されたがっている」

「鍵の気持ちなんてわかるのかよ」


 訝しげな星蓮せいれんに、意外にもコンちゃんは堂々と胸を張って「わかる」と言い切った。


「俺は縁を結ぶもの。その鍵の持ち主は、おまえにゆかりのあるものだ。持ち主は強い思いをお前に託した。ゆえにその縁は必ず結ばれる。必ずだ」


 毅然きぜんと言い張る管狐くだぎつねは、まるであの日の愛色いとしきさんのようだった。

 普段の頼りない言動からは想像もできないような声音に、僕はひとまずその鍵を受け取って、くさないようキーケースにしまう。そこまで言うならば貰っておこう。


 

 こうして星蓮せいれんのクッキーは、さまざまな形に姿を変えたあと、最終的に半分の鍵となって僕の手に渡った。

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