表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【画集2弾発売中】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
怪異に愛された少年と、クラスメイトの少女
26/112

第五夜┊三「愛色の狐」

 快晴、もとい炎天下の長距離走は、なかなか地獄だった。

 みんながどうしてそんなに嫌がるのか、僕はいまいち分かっていなかったけれど、グラウンドに立ってようやく思い知った。熱されたタータントラックの上に立つだけで汗が吹き出る。こんなところで走り回っていたら、授業が終わる頃にはミディアム・レアだ。

 そして、どうやら「僕」は長距離走が苦手らしい、ということを理解したのは、一周四百メートルのトラックの三周目に差し掛かった時だった。

 

「せ、星蓮……、先、行って、いいよ」


 僕に合わせてゆるゆると走りながら「大丈夫か?」と声を掛けてくる彼に、息も絶え絶えそう返す。喋る気力もなかった。

 体力測定は千五百メートルだ。まだ半分近く残っていると思うと気が遠くなる。


「行かないよ。おまえ、目を離したら倒れそうだし」

「気に、しないで……。正しく、測らないと、体力テストの意味、ないし」

「正しく測ったら体重の時点で測定不能だろうな」


 もう折り返したからあともうちょい頑張れ、と励まされ、半ば意地でなんとかゴールを迎える。僕の足はもうガタガタだった。


「おつかれー。タイム記入するからゴールで伝えられた時間を申告してねー」


 早めに終わった女子の一部が記録係を兼ねているらしく、愛色いとしきさんがこっちを向いて手を振っている。急かされはしなかったが、僕らが男子の最後尾であったことは間違いない。彼女たちは僕らの記録待ちなのだろう。

 正直ゴールした瞬間のタイムなんて全く耳に入っていなかったけれど、頼もしいルームメイトがその聡明な頭に刻んでくれているはずだ。

 星蓮に丸投げするつもりで、僕は子鹿のような両足を叱咤すると、記録係の愛色いとしきさんに歩み寄った。


「え」

「わっ……、小手鞠こでまり君!?」


 途中、足が何かに引っかかって、僕はバランスを崩す。つんのめった先には、愛色いとしきさんのピンク色の髪が見えた。

 全てがスローモーションのように見え始めたが、もつれた足と疲弊しきった体では、踏ん張ることも避けることもできない。


「……大丈夫か?」


 あわや愛色いとしきさんを巻き込む形で転倒しかけた僕の襟首を、星蓮が片手で掴んでうしろに引き戻す。かろうじて愛色いとしきさんには接触することなく踏みとどまった。


「あ、ありがとう。助かった。愛色いとしきさんもごめんね」

「いいよー、なんともなかったし。男子は千五百だもんね、疲れるよねー」


 愛色いとしきさんは間延びした声で緩やかに頷いて同情すると、「はい、頑張ったで賞のタオルー」と僕らにタオルを渡してくれた。


「星蓮君って、意外と力強いんだねー」

「こいつよりはな」

「そうなんだー、じゃあ、握力測定が楽しみだねー」


 二人は歓談しつつ、僕の分のタイムも記録してくれている。

 ところでさっき、僕は何につまずいたんだろうか。

 二人の後ろで振り返ってみたが、地面には何も落ちていなかった。


 


 ✤




「疲れた……。もう一歩も動けない」

「お疲れ、ほら」


 その後の僕は自販機にすら辿り着けず、情けなくも星蓮に頼んで買ってきてもらったスポーツドリンクをありがたく受け取る。

 体育が六限で本当に良かった。今日は七限がないので、あとは帰って休むだけだ。


「でも俺ら、今週は掃除当番なんだよな」

「うわあぁぁ……」


 地獄の宣告に頭を抱える。すっかり忘れていた。僕らの通う高校は、高めの授業費を徴収することで金銭的にも潤っており、教室以外の箇所は基本的に清掃会社を入れていた。だが、教室の清掃だけは教育の一環ということで、未だに当番制になっている。

 今週は出席番号十三、十四。僕らが掃除の担当だった。


「休んでていいぞ、俺がやっておく」

「そういうわけには……」

「いや、歩くのもままならないやつに机なんて運ばせられないだろ」


 ごもっとも過ぎて、ぐうの音も出ない。

 粗方教室から人がはけ、机を運ぼうと星蓮が椅子を机に乗せ始めたあたりで、扉を開く音と同時に「あれー?」と本日何度目かの声が響いた。


愛色いとしきか。今からここ掃除するから、長居は禁止な」

「星蓮君。小手鞠こでまり君の代理?」

「代理っていうか、俺も掃除当番だし」


 星蓮の言葉に、愛色いとしきさんはもう一度「あれー」と呟きながら、黒板を指差す。


「掃除当番、私と小手鞠こでまり君のはずだけど」


 愛色いとしきさんに促されて、黒板に視線をやる。桃色のネイルに指差された先には、確かに「掃除当番:愛色・小手鞠」の文字があった。


「出席番号順だろ? おまえとこいつがペアになることはないはずだ」

「うーん、でも書いてあったし」

「誰かが書き換えたんじゃないのか。俺が直しとくから帰っていいぞ」


 愛色いとしきさんは、「えー」と少し悩む素振りを見せたが、「うん、じゃあそうする。ありがとー」と頷くと、自分のスクールバッグを背負い直した。


「……悪戯いたずらかなあ」


 愛色いとしきさんが出て行ったのを確認して、僕は星蓮に向き直る。「確信犯だろうな」と黒板の名前を直しながら星蓮が返した。

 

「ラブレターと掃除当番は許すけど、トラックでおまえの足を引っ掛けたのは許せない」

「えっ、あれもそうだったのか」


 どうりで、地面には何も落ちてなかったわけだ。

 星蓮は「確証はないが十中八九そうだろうな」と肩をすくめた。


「ただ、愛色いとしきも巻き込まれてる側なのか、あいつが主犯なのかわからないんだよな。問い詰めるには決め手に欠ける。……追ってみるか」

「ええ、今から?」

愛色いとしきは少なくとも俺らが掃除を終えるまで外に出ないと思ってる。万に一つでもあいつが主犯だったら、次の手を打つ絶好の機会だろう」


 掃除はまた明日な、と星蓮が自分の鞄を引っ掴んで、俊敏に教室から駆け出していく。

 さっきあんなに走ったあとなのにすごいな、と感心しながら、僕もよたよたと力無くその後を追った。 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ