表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【画集2弾発売中】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
怪異に愛された少年と、クラスメイトの少女
24/113

第五夜┊一「愛色の狐」

 寮室の中には、常軌を逸した光景が広がっていた。


 壁という壁は無数の写真で覆い尽くされ、もはや本来の色すら窺い知れない。一面に貼られた写真には、一様に同じ少女の姿が映り込んでいる。

 特徴的な私立校の制服に身を包んだ少女は、こちらに向かって、恋色に染まった笑顔を向けていた。

 その笑顔の海の中で、背景に映り込んでいる別の生徒の姿がやけに目に付く。写真の中で微かな横顔しか見えない蜂蜜色ハニーブロンドの少年は、こちらに全く気付いていない様子だった。


「ふふ、可愛い」


 少女はうっとりと写真を撫でて、その隣に現像したばかりの新しい写真を丁寧に貼り付けていく。

 少女が指先で撫でている写真には、満面の笑顔の少女のすぐうしろで、友人と語り合う小手鞠こでまりカルタの後ろ姿が写っていた。

 その少年の後頭部付近には、対象を振り向かせようと奮闘する、彼女の小さな手下も映り込んでいる。

 さらにその隣に貼られた写真は、先程の写真の直後だろうか。驚いた顔で振り向いた少年と、笑顔の少女の顔が、丁度ツーショットのように並んでいる。ただ残念なことに、少年の顔には逃げ遅れたらしき彼女の手下——管狐くだぎつねの姿が、ばっちり被ってしまっていた。

 

「申し訳ありません、あるじさま……」

「いいんだよ、とっても素敵な写真」


 少女は朗らかに笑って、管狐の姿で九割は隠れてしまっている少年の顔にキスをする。

 出席番号三番、愛色(いとしき)恋依(こより)は満足そうに微笑むと、次はどんな写真を撮ろうかと想いを馳せながら、羽毛の布団に身を包んだ。




挿絵(By みてみん)




 やけに目覚めのいい朝だった。

 陽光が優しく差し込む窓からは、新しい一日の始まりを感じる。寮の廊下から聞こえてくる靴音が徐々にその数を増やし、活気を帯びていった。

 机の上では、昨夜書き終えた日記が開いたまま放置されている。ベッドから身を起こして、僕はカーテンを開けた。


「おはよう、星蓮せいれん


 カウンターキッチンの向こうでさばをくわえているルームメイトに声を掛けると、片手を上げて応じてくれる。

 今日の朝食は和食御膳らしい。ところで、クジラもさばを食べるんだろうか。


「口の中に入ってくるものは大体食べる。魚もイカもオキアミも」

「へえ、意外と肉食なんだな」


 ご飯、お味噌汁、焼き魚と大根おろし。付け合わせに胡瓜きゅうりの浅漬け。

 目の前に並べられていく食事は、いつの間にやらすっかり僕の好みに調整されていた。

 胃袋を掴まれるってこういうことなのかな、と思いながらこんがり焼かれたさばの切り身に箸を入れる。箸の先からほっこりと白い湯気が立ち昇った。


「おいしい。いつもありがとう」

「どういたしまして。それにしても、おまえはあんまり肉を食わないんだな」

 

 たくさん食べないと大きくなれないぞ、と二匹目のさばに手を付けながら星蓮せいれんが僕を見る。

 言っていることはもっともなのだが、元の姿では一日に10t以上もの食事量を誇る彼の基準の「たくさん」は、僕にはついていけそうにない。

「善処するよ」と答えて、しじみのお味噌汁に口をつける。出汁だしが効いた優しい味わいだ。

 ダイニングの棚には、付箋だらけの料理本が山積みになっている。星屑を呑み込んで生きてきた彼は、僕の味覚に合わせるために日々勉強してくれているのだろう。


「……明日は僕が作るよ」

「なんだ、鯖は好きじゃなかったか?」

「いや、そういえば君に任せきりだったなって思って。気付くのが遅くなってごめん」

「俺が好きでやってるだけだよ。でもおまえが気にするなら、明日だけおまえに作ってもらおうかな」


 何が出てくるのか楽しみだ、と悪戯っぽく笑う彼に、「あんまりハードルを上げないでくれよ」と念を押す。

 料理の経験はないが、星蓮の本を借りつつ、食材を切って焼いて煮ればなんとかなるだろう。

 僕は楽観的に考えて、食べ終えた食事に手を合わせた。


 翌朝、僕の『目玉焼き』によってキッチンが再起不能なまでに破壊されるなんて、この時の僕らは少しも想像していなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ