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【画集2弾発売中】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
怪異アレルギーと藤の花
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第四夜┊四「花房の揺り籠」

「逃げられましたね」


 若宮さんの声で、はっと我に返る。

 いつの間にかいなくなっていた藤の女を追うこともせず、肩をすくめて見せる若宮さんに、「逃がしたの間違いだろう」と星蓮が尖った声を上げた。


「こいつを囮にまでしたくせになんてザマだ。この役立たず」

「よく回る口ですねえ……。私があれを焼き払っていたら、それこそ君たちは怒ったでしょうに」


 彼女がいなくなっていてほっとしている僕を「ほら」と若宮さんが視線だけで指すと、星蓮は不服を満面に押し出しながらも、仕方なく口を閉ざした。


「おまえ、あれを取り逃したらまずいんじゃないのか。霊障を無くすために派遣されたんだろう」

「改修工事は待つよう、今一度進言しておきます。宮司ぐうじからの忠告ともなれば、頭の固い彼らも少しは耳を貸すでしょう」


 帰路、遅くなったので寮まで送って行くと告げた若宮さんからそんな結論を聞かされて、僕は思わず聞き返した。


「え?」

「何か意外ですか? あの藤が切り捨てられることを、君はよく思わないでしょう」

「そうですね。あの藤があのままでいられるなら、とても嬉しいですが……」


 僕が意外なのは、若宮さんからそんな血の通った提案が出てきたことだ。

 てっきり、明日にでも焼き払いに行くのかと思っていたのに。


いたちごっこじゃないのか。どうせ古い校舎をあのままにはしておけない。保全のためにもいずれ工事は必要になる」

「それはそれです。人が生きるために必要な工事は推進すればよろしい。その邪魔をする者があれば、今度こそ私が『祓い屋』として呼ばれるでしょう」

「今日のは仕事じゃなかったんですか?」

「言ったでしょう、今日はただの見回りです。祓う者として呼ばれたなら、私もこんな手ぬるい判断はしません。世のため人のため、誠心誠意仕事をしますよ」


 胡散臭い言葉に、星蓮と二人で微妙な顔を見合わせる。

 しかし「今一度」ということは、若宮さんは以前から改修工事に反対していたのだろうか。

 訝しむ僕の心を読んだかのように、若宮さんは「勿論です」と返した。


「随分昔から改修の予定はあったんですよ。ただ霊障が酷く、遅々として進まなかったようですが」

「じゃあ、最近再開したのは、あの石碑を直したからですか?」

「ええ。はじめさんが直してしまったからですね。せっかく壊しておいたのに」

 

 ……あの石碑、あんたが壊したのか。

 とんでもない自白に閉口する。他人の家に火をつけたり、石碑を壊したりと、黙って聞いていればとんでもない人だった。この人は本当に宮司ぐうじなのだろうか。


「神職が聞いて呆れるな」


 星蓮せいれんが僕の言いたいことを一言にまとめて代弁してくれる。

 先程まで「世のため人のため」と言っていた人間と同一人物とは思えない所業だ。

 

「なんでそんなことを……」

「ここはやけに怪異が多い。森を切りひらけば野生動物が人里へ降りてくるように、ここの改修工事を進めれば、住処を追われた怪異たちが君たちの周囲に蔓延はびこることになる。み分けのためにも、この校舎は残しておくべきでしょう」


「それに」と若宮さんが振り返って、唇の前で人差し指を立てる。

 

「ここは、調べれば他にも色々と出てきそうですからね。私個人としても、まだこのまま残しておいていただきたい」

「調べたいことって……」

「そうですね。何者かに殺されてしまったまま遺体の行方が知れない、二人の高校生の死因について、……とか」


 どくり、と胸の中身が跳ねたような心地がした。

 二人の死因についてはまったくもって無関係な僕が知るはずもないが、しかし二人の遺体の行方は、僕が一番よく知っている。


「それらを考慮しても、今日のおまえは手緩てぬるいな」


 ぐるぐると思考が飛んでいる僕の代わりに、星蓮が言葉を返した。

 それにしても、あれで手緩てぬるいのか。人の手首に見えるものを何の迷いもなく切り落としていたように見えるが。

 星蓮せいれんの言葉に震えながら若宮さんを見上げると、「目敏めざといですね」と困ったように笑っていた。


「そうですね……。藤は昔の友人が好きだったので、少しばかり手が出しづらい。君たちがいなくとも、見逃せる理由があれば見逃したかもしれません」

「おまえに友人がいたのか」


 心底驚いたように振る舞う星蓮せいれんを無視して、若宮さんは僕を向くと「その胸の折り紙、素敵ですね」と紙で折られた藤の花を指差した。


「壊れてしまわないように気を付けるといい。……折り紙は、とても脆いものだから」


 寮の入り口まで送ってもらった去り際、若宮さんはそう言い残して帰って行った。


 いつの間にか門限ぎりぎりではあったけれど、すっかり夏も近付いたせいで、陽はまだ落ちたばかりだ。

 夕方から宵の闇に移り変わり始める景色は、僕の瞳の色に似ていて気に入っている。

 西にはまだ橙色が尾を引いているけれど、東の空では既に星々が優しく瞬いていた。

 それはまるで、藤の花が天に咲いているかのようで。僕は胸に抱いた折り紙の花に、もう一度手を重ねた。


星蓮せいれん

「ん?」

「来年もあの藤が残っていたら、僕と一緒に見に行こう」


 星蓮は少し考え込むように黙った後、柔らかな笑みを浮かべた。


「ああ、そうだな。必ず」



 ——その夜、僕は夢の中で満開の藤の花に包まれていた。

 紫の花々が優しく僕を包み込み、心地よい香りが漆塗りの家の中に漂っている。


 目覚めた時には、もうどんな夢を見たのか覚えていなかったけれど、胸に残る確かな温かさは、忘れかけていた大切な思い出のようだった。


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