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【画集2弾発売中】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
怪異アレルギーと藤の花
20/112

第四夜┊一「花房の揺り籠」

 遠くの騒音が、風に乗せられて耳に届く。

 コンクリートを削るドリルの音、何かを打ち付ける金属質な音。

 そこに芽吹いたものたちが、そこに根付いていた思い出が、音を立てて壊されていく。

 

「……旧校舎の改修工事ですね。少しの間騒がしくなりますが、ご容赦いただけますか」


 雛遊ひなあそび先生は旧校舎を一瞥すると、それだけを告げて授業を再開した。




挿絵(By みてみん)




「ねえねえ聞いた? 《七段目の北階段》」

「どんなに急いでいたとしても」

「北階段は使っちゃだめよ」

「七段目を踏んでしまったら」

「長い髪の幽霊が」

「あなたの足首を掴んでしまう」

「もし掴まれてしまったら」

「ひどい不幸が訪れるかも」


「「ああ、恐ろしや恐ろしや」」


 

 聞こえてくる新たな噂話に、「いつにもましてライトな怪異だな。足くらい掴ませてやればいいのに」と星蓮せいれんが肩をすくめる。

 むしろ、こっちから探し回る手間が省けて丁度いい。

 そう言って自分の口元を撫でる彼は、怪異におびやかされる側ではなく、完全に捕食者の目線だった。

 

 一日の授業を終え、放課後というフィーバータイムに突入した僕らは、これからどこで何をしようかと心躍らせながら帰り支度を進める。

 無事に補習から解放された星蓮せいれんは、そんな僕のうしろの席で「あいつ、何度同じことを書かせるつもりだ。一度書いたら覚えるだろう」と数多の生徒から顰蹙ひんしゅくを買いそうな恨み言を吐いていた。

 

「憂さ晴らしに階段の怪異でも食いに行くか」

「そんな『クレープでも食べようか』みたいなテンションで怪異の見学に誘わないでくれ……」


 げんなりする僕に、「おまえ、割と好き嫌いがはっきりしてるよな」と星蓮が苦笑する。


「階段の幽霊には興味ナシか。折角危険のなさそうな噂話なのに」

「うーん。足首を掴まれるだけならまだしも、ひどい不幸が訪れるのは嫌だな」

「ひどい不幸って、例えばどんな?」

「さあ……。苦労して終わらせた課題を寮に置いてきちゃったとか、アラームをかけ忘れて一限に間に合わなかったとか……?」


 僕の想像する「ひどい不幸」は大した威力がなかったようで、星蓮せいれんは孫を見るような生暖かい視線を向けてくる。

 十分に落ち込む出来事だと思うのだが、これ以上のひどい不幸ってどんなものがあるだろうか。

 幸いにして、僕はこれまでさほど大変な不幸に見舞われたことはない。強いて挙げるならば……。


「住んでいるところに、火をつけられるとか……」


 今度は星蓮は笑わなかった。

「火事は怖いな」と答えて、重たい鞄を背負い直す。


「今回の噂話はスキップだな。代わりに何か買って帰ろうぜ」

「だから、噂話の代わりが買い食いはおかしいだろう……」


 言いながら、僕の気分はすっかりこのあと食べるものに移ろってしまっていたが、「えー! もったいなーい!」と背後で声を上げるクラスメイトに、僕らはつられて振り返った。


「旧校舎のその階段の近く、藤の花が満開ですごく綺麗なんだって!」

「見に行ってみたかったけど、お化けがいるなら仕方ないねー」

「その幽霊、お花見の特等席を独り占めしたかったのかもね」


 きゃらきゃらと笑って、女学生たちは微笑ましい推測を立てながら連れ立って行く。

 あとに残された星蓮は、満面の笑顔を浮かべる僕とは対照的に、渋い顔をしていた。


「……おまえ、幽霊は興味なさそうだけど、藤の花は」

「見たい!」

「だよな……」

 

 僕が胸に飾っている藤の花に視線をやって、星蓮が嘆息する。

 食い気味な僕の返答によって、放課後の買い食いはまた今度に持ち越されることとなった。




 ✤




「へえ、想像以上に圧巻だな」


 噂の階段は、旧校舎の北側に設けられていた。

 旧校舎へ向かう途中、遠目からでも既に壁面の一部が紫に染まっているのが見えて、星蓮が声を上げる。

 写真などでよく見るような藤棚は無く、自由に伸びたつるが校舎の一面を覆いつくさんばかりに這い回り、鮮やかな花を咲かせていた。

 紫の花々が夕暮れの陽光を受けて輝き、校舎全体が紫の霞に包まれているようにも見える。風が吹くたびに、辺りに甘い香りが漂った。その光景は、現実離れした幻想的な世界のようで、僕たちは思わず足を止めて見入ってしまった。


「なんかもう、階段とかどうでもよくないか? ここで花見して帰ろうぜ」

「君はクレープの代わりに階段の幽霊も味見してきていいよ。僕はここで花を眺めて待ってるから」

「本当に、興味のない怪異には容赦ないなおまえ!」


 やいのやいのと言い合いしながらも、僕らは結局なんとなく北階段を目指して、旧校舎の中に入ることにした。何度か見た廊下を進んでいると、階段の前に先客の姿が見えて僕らは足を止める。


「若宮さん?」

「おや、奇遇ですね。ここは立ち入り禁止のはずですが」


 挨拶がてら、流れるように問い詰められて返事に窮する。

 噂話に踊らされて、とは言いたくなかった。

 前に見た時と同じく、若宮さんは白練しろねりの着物に濡羽ぬればの羽織り姿だ。重ね襟や飾り紐などには、所々に瞳と同じ柘榴色ざくろいろがあしらわれている。

 ただ今日は、その腰に仰々しい二本の刀を帯刀していた。


「おまえこそ、なんでここにいる。不審者が侵入してるって通報するぞ」

「残念ながら私はきちんと許可証をいただいていますので、通報した場合に不利なのは君たちの方ですよ。見たところ、君たちは立ち入りの許可を得ていないようですから」


 笑みを深める若宮さんに、星蓮がたじろく。

 元大怪異も、規則やルールの前では形無かたなしだった。



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