第一夜┊二「顔のない女」
「そういえば、聞いたか? 旧校舎のオバケ」
「ああ、顔がないっていう……」
ここ最近のホットな話題らしく、クラスでも耳にした噂話の情報を復唱すると、彼は嬉しそうに頷いてみせる。
大人びた雰囲気を持っている彼だから、こういう噂話には興味を示さないかと思っていたけれど、意外とこういうのが好きなのだろうか。
「なあ、今夜一緒に旧校舎に行ってみないか?」
「えっ、僕はそういうのはちょっと……」
「ホラー系は苦手か?」
「うーん、そうだね。人間と動植物以外の生命体は受け付けなくて……」
ちょっとまわりくどかっただろうか。
人間と動植物以外、という言葉を反芻しているらしい彼は少し考えてから、「でも、めちゃくちゃいい女かもしれないだろ?」と食い下がってきた。
「綺麗でも可愛くても、むしろ怖いだろ……。いかにもお化けじゃないか」
「人間っぽい見た目してても、ダメなのか?」
「怪異の類だったら、ダメかな」
なかなか諦めない彼にそう答えると、彼は一瞬傷付いたような表情を浮かべて、それからがっくりと大袈裟に肩を落とした。
「じゃあ旧校舎の顔無し女はダメか——。吊り橋効果って教わったんだけどなぁ」
「何と何の吊り橋効果だよ」
なんとなく彼の狙いが見えて、ふっと口元がほころぶ。吊り橋云々については大いに誤用なのだろうが、彼らの優しさが温かかった。
「おまえと仲良くなるにはどうしたらいいかなって、みんなに相談したんだ。そしたら人間って緊張や恐怖でドキドキすると、一緒にいる相手のことを好きになるらしいぞって教わって……」
「それ、本来は恋愛対象にやるやつだからな」
笑いながらツッコミを入れてやると、彼は「ええ? じゃあドキドキしても、俺と仲良くしたいって思うわけじゃないのか?」と困り果ててみせる。
クラスも寮室も一緒になったばかりで、彼のことはまだ何にも知らないが、真っ直ぐで心根の優しい性格の持ち主であることは、この短期間でも理解できた。
「いや、もう十分思ってるよ。……ホラー、好きなのか?」
「うーん、まあ興味はあるかな。おまえが行かないなら、一人でも旧校舎に行ってみようとは思ってたけど」
「ええ、危ないだろ」
思わぬ彼の返しに、心が揺れる。
怪異が視えないからといって、全く影響を受けないわけではない。視えていなくても連れ去られることもあれば、そのまま喰われてしまうことだってある。怪異と積極的に関わりたいわけではないが、いるとわかっているのなら、いっそ視える自分が付いていく方が安全なのかもしれない。
「——いいよ。今夜一緒に行こう。ただし夜の冒険はこれっきりだからな」
ついに折れてそう答えると、彼は心から嬉しそうに笑って、僕の手を掴んで飛び跳ねた。