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【画集2弾発売中】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
怪異アレルギーと藤の花
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幕間「折り鶴の恩返し」後編

「なあ、()()()()()()という人間は存在するのか?」


 唐突な質問は、補習内容となんら関係のない話だったが、雛遊ひなあそびはじめはチョークを置いて振り返る。机の上の小論文は既に埋められていた。

 聡明な彼がなぜ小テストであのような点を取ったのか理解に苦しんでいたが、ひとえにこの一問のためか。

 彼を補習に呼び出したのはこちらだ。ごく自然に小手鞠こでまりカルタと別行動を取ることに成功させた手腕には舌を巻いた。もっとも、この忙しい時期にこんな形で巻き込まれるのは非常に癪ではあったが。


「存在するのか、というのはどういった意味合いでしょう?」

「出生届、住民票、戸籍謄本。その他あらゆる書類上、そして周囲の人間の認識上、あいつは存在しているのかと聞いている」


 投げ掛けられたのは、実に具体的で的確な質問だった。

 曖昧模糊あいまいもこな質問ならばいくらでも煙に巻けただろうが、彼の質問にはYESかNOで回答できてしまう。逃げ道を許さない詰問だった。

 ——雛遊ひなあそびはじめは答えない。


「人として顕現した俺は、それらを創造するために、六千年分の記憶という代償を支払った。人間の世界というのは面倒だ。自分という存在を確立するために、その他大勢の認識と記憶の改変が必要になる。人を一人増やすためには、世界を改造しなくてはならない」


 ——雛遊ひなあそびはじめは答えない。


「もしも小手鞠こでまりカルタが、誰かの手によって『増やされた』人間だったなら、その一個体を造ることは出来ても、周囲の認識と記憶を全て改変するほどの代償を支払うことは出来なかっただろう。俺が知る限り、四月一日の時点で出席番号十三番は空欄だった」


 ——雛遊ひなあそびはじめは答えない。


「カルタが何者であろうと害するつもりはない。だけど守ってやるためには知る必要がある。あいつが何者なのか。あいつにとって何が脅威で、何が安全なのか。何をしてやれば、あいつは幸福になれるのか。——今のあいつは、人間でも怪異でもない。どちらにもれず、どちらにも属せない。ひどく不安定で、不確かな存在だ。なあ、祓い屋。俺はあいつに何をしてやれる?」


 滔々(とうとう)と語る怪異の少年に、害意はなかった。ただじっと、返答を求めてこちらを見上げている。

 友人を想って矜持きょうじを捨て、助力を求める哀れな怪異に、雛遊ひなあそびはようやく口を開いた。


「私は君が思っている以上に、彼について何も知りません。……ですが君のいう通り、小手鞠こでまりカルタという人間は、あらゆる書類のどこにも存在しませんでした。彼の存在は、本校内の出席名簿に限られる。彼の生まれや育ちを知る人も、彼の幼少期を知る人もいない。今のところ、彼の存在を示す一番古い証言は、十年前に彼と遭遇したという君のものだけ。そしてそれ以降の十年間、四月一日に彼が本校に入学するまでの存在もまた、誰にも認識されていません」

「でもおまえ、あいつのことを何か知っているだろう。あいつに対するおまえの反応は、他の人間とは違う」


 自分の態度に言及されて、どうしたものかと逡巡する。だが今更隠し立てするのも難しいだろう。

 「……姉に似ていたもので」と仕方なく口を割った。

 

「十年前に、祓い屋の子供から二人の死者が出ました。小手鞠こでまり言葉ことはと、雛遊ひなあそびカルタ。どちらも遺体は見つかっていません」

「その二人の写真は?」

小手鞠こでまりについては不明です。雛遊ひなあそびカルタの顔は……、私を見ていただければわかるでしょう」


 彼とよく似た顔で寂しげに笑う雛遊ひなあそびに「なるほどな」と頷いて、星蓮せいれんはそれ以上の追求を控えた。

 雛遊ひなあそびの女児が生前どんな扱いを受けていたのかは、想像にかたくない。

 亡くなった姉にどれだけ執着しているのか、伸ばされた髪を見るだけでも察するに余りあった。


 しかし、どうしても明らかにしなくてはならないことがある。


 ナマズの怪異から受けた傷を癒すため、怪異の少年は小手鞠カルタに人魚の肉を与えた。

 彼のためを思ってやったことが、彼の命を救うためにやったことが。

 ——もしかすると、とんでもない裏目に出てしまっているのではないだろうか。


「現状考え得る最悪のケースを想定して、一つきたい」

「なんでしょうか」


 尋ね返しながら、窓から差し込む強い日差しに気付いて、雛遊ひなあそびはふと視線をやる。

 

 窓の外では色濃い新緑がすっかり木肌を覆い隠し、さまざまな虫の鳴き声が、自分たちの持つ生命力を競うように歌っていた。

 じわじわと上がっていく気温が、初夏の終わりを感じさせる。

 不意に夏の匂いのする風が吹き込んで、教室の白いカーテンをばたばたとはためかせた。

 

 やがて、耳鳴りのような突風が落ち着いた頃。

 白鯨の少年は、掻き消すことのできない焦燥と不安を、一つの疑問にして吐き出した。

 

 

「死体が、人魚の肉を食ったらどうなるんだ?」



 

 

 ——雛遊ひなあそびはじめは、答えられなかった。

 

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