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【画集2弾発売中】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
怪異アレルギーと白骨の怪談
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第三夜┊四「彷徨う白骨」

「ねえねえ聞いた? 旧校舎の《這い寄る骸骨がいこつ》」

うらつらみで死にきれず」

「夜中にガシャガシャ音がして」

「骸骨が這い寄ってくるんだって」

「もし捕まってしまったら」

「骸骨に魂を奪われて」

「あなたも這い寄る仲間入り」


「「ああ、恐ろしや恐ろしや」」



 迎えた放課後。

 聞こえてくる新しい噂話に、僕が口を開くより早く「ダメだからな」と星蓮せいれんが釘を刺す。


「まだ何も言ってない」

「旧校舎に行くって言い出すだろ。ダメ。骸骨なんて見たって面白くないし」

「だけど君は行くんだろう?」


 う、と星蓮せいれんが詰まる。

 彼が僕のために、とにかく多くの怪異を食べたがっていることを、僕は昨日の一件で知ってしまった。

 

「腹の足しになればいいけどな。骨なんて飲み込んでも喉につっかえそうだ」

「骸骨を食べても大きくなれるのか?」

「人間みたいに血肉を栄養にしてるわけじゃないからな。もちろん、()()()()意味で栄養価の高い怪異もいるけど」

 

 馬とか、牛とか、もっと肉っぽいやつが。

 そう答える彼に、「栄養価の高さなら、クジラである彼もなかなか負けていなさそうだな」と思いながら目線をやると、「お? 食べたいのか?」と何故か嬉しそうに立ち上がった。

 ……いくら栄養価が高くても、僕は友達を食糧としては見られそうにない。


「……とにかく、旧校舎には僕もついていくから、」

「いけませんね。旧校舎は老朽化していて危ないですから、敷地内は立入禁止ですよ」


 背後から声を掛けられて、僕はそのままの姿勢で固まる。

 授業を終えて出て行ったはずの雛遊ひなあそび先生が、柔らかな微笑みを携えて佇んでいた。

 相変わらずそっくりな顔と視線が合った僕は「あ」と思い出して、ポケットに入れたまま渡しそびれていた、七番のくじを差し出す。


「これは?」

「えっと、深い意味はないので受け取ってもらえませんか」


 怪しがられるかと思いきや、雛遊ひなあそび先生はとても嬉しそうに顔をほころばせると、そのくじをまるで宝物でも手にするかのように両手で受け取った。


「ありがとうございます。君からいただけるものは、何でも嬉しいです!」


 心の底から嬉しそうに、雛遊ひなあそび先生がはにかんでみせる。

 なんだか星蓮せいれんの喜びように似てるな、と思ったが、受け取ってもらえてなによりだ。

 雛遊ひなあそび先生は満面の笑みで七番のくじを開いて、それから、……あからさまに固まった。

 ぴしり、と笑顔にヒビが入る音がこちらまで聞こえてくるようだ。


「……小手鞠こでまり君、これは」

「若宮神社のお御籤みくじです。宮司ぐうじさんが、最初に会った人に渡すと良いって。僕にはよく意味がわからなかったんですが」

「なるほど……。読んだんですね、これを……」


 雛遊ひなあそび先生はしばらく額を揉んでいたが、ぱっと笑顔を貼り付け直すと、「それで、旧校舎でしたっけ」と何事もなかったように話を戻した。


「用があるのなら同行しますよ。生徒だけでは危ないので許可できませんが」

「えっ……と、そんな、先生についてきてもらうほどの用じゃないんです。おばけの噂を確かめたくて」

「構いませんよ。好奇心は知識向上に役立つ重要な資産です。門限までなら特別に許可しましょう」


 気が変わったのだろうか。突然舞い降りた許可に「まあいいか」と僕は頷く。

 星蓮せいれんの言う通り、僕は骸骨にはあんまり興味がない。

 どうせ先生にも見えないし、星蓮せいれんの『お食事中』だけ僕が先生の気を引いていればいいだろう。

 そう考えれば、人目を気にしてこそこそ旧校舎に行くよりも、先生の引率付きで堂々としていられる方が精神衛生上もいい。

 僕らはこうして、陽の落ちた旧校舎に連れ立つことになった。



 

 ✤



 

 夜の旧校舎は、薄明かりの月光に包まれ、どこか異様な雰囲気を漂わせていた。

 一切の遊具が撤去された校庭は物寂しく、旧校舎を挟んで反対側に位置する昨日の庭園とは雲泥の差だ。

 かすかに霧の立ち込める校庭を、懐中電灯を持った僕と星蓮が慎重に見て回る。そのうしろを雛遊ひなあそび先生が何も言わずについて歩いた。


「そういえば、今回の『噂』だと、旧校舎のどこにいけばいいのかわからないな」


 前回は「中庭の池」とわかりやすい指定だったが、今回はヒントがないので虱潰しらみつぶしだ。星蓮がぼんやりとこぼしながら、顔無し女の時と同じように裏口の扉に手を掛ける。

 と、「どこに行くんです?」と雛遊ひなあそび先生が不思議そうに呼び止めた。

 

「建物の中にはいませんよ。餓者髑髏がしゃどくろは大きいですからね」

「がしゃどくろ?」


 尋ね返す僕に、雛遊ひなあそび先生は微かにたじろいで、「……小手鞠こでまり君、怪異についての知識やご経験は?」と謎の確認を挟んできた。

 そんな、アルバイトの面接みたいなことを急に聞かれても、追い回されたご経験しかない。知識に至っては皆無と言ってもいいほどだ。

 嘘をついても仕方ないので、「さっぱりです」と一言に集約する。


「でも君、えますよね?」

「えっと……」


 突然怪異の話に言及されて、肯定すべきか否定すべきかわからず口ごもる。そんな僕を庇うように、星蓮が一歩前にでた。


「おい、カルタが困ってる」

「ああすみません。困らせるつもりは……。はあ、参ったな。じゃあ本当に、ただの見学のつもりだったのですか?」


 一瞬口調が崩れた気がしたが、すぐに立て直すと、雛遊ひなあそび先生は僕に向かって尋ねる。

 困らせるつもりどころか困っているのは雛遊ひなあそび先生の方らしく、整った眉尻が八の字に歪んでいた。


「あの七番(くじ)は特殊な墨が使われていて、普通の人には白紙に見えたはずなんです。文字が読める君には、怪異もえるはずなんですが」


 縋るようにこちらを見られて、僕は悩んだ末に小さく頷く。

 どうやら先生もえるようだし、僕より知識もありそうだ。なにより、そこまでわかっている人にならば、隠す必要もないだろう。


えると知ってて同行したんですよね?」

「私はてっきり……、君が、絵を描きたいのかと思って……」


 雛遊ひなあそび先生が俯く。段々と尻すぼみになって、最後の方はよく聞き取れなかった。

 何か声をかけようとしたところで、遠くの方から何かが這いずるような物音が聞こえてくる。

 身構える僕とは対照的に、雛遊ひなあそび先生は項垂うなだれたまま、ごそごそと力無く紙に文字を書いていた。


餓者髑髏がしゃどくろは弔われなかった霊たちの集まりです。死霊自体は怪異ではありませんが、それらを寄せ集め、一体の巨大な白骨として作り上げられる現象そのものを、私たちは怪異と見なし『餓者髑髏がしゃどくろ』と呼びます」


 雛遊ひなあそび先生の説明を皮切りに、しん、と辺りが静まり返る。

 先程まで遠くで聞こえていた新校舎からの談笑は、いつの間にか隔絶されてしまっていた。

 白い霧が足元を覆い、木々や旧校舎の輪郭もぼんやりとしか映さない。風は冷たく、肌を刺すような寒気が漂っている。

 撤去されたはずのブランコが、ひとりでに揺らめき、錆びた鎖が不気味な金切り声を上げた。


 不吉な気配が、少しずつ近付いてくるのを感じる。共鳴するように、左腕がじくじくと熱を持ち始めていた。

 薄暗い霧の中で、青白い人魂ひとだまを複数連れ歩きながら、巨大な影が徐々に形を成していく。

 霧の向こうから「ガシャン、ガシャン」と骨を打ち鳴らして這いずり寄ってきたものが、月明かりにうっそりと照らし出された。


 昨日のナマズと同じような大きさをした頭蓋骨。そこから伸びる脊椎と、特徴的な肋骨。

 骨の結合部には腐敗した肉がこびり付き、ぽっかりと空いた眼窩には、黒く深い闇が覗いている。

 地獄から這い出してきたかのように、上半身だけを地面に横たわらせたその白骨は、胸元に僕らの姿を認めると、薙ぎ払うようにこちらに腕を伸ばしてきた。


「うわ……っ」


 すかさず、星蓮せいれんが僕の襟首を引っ掴んで後退する。その場に放置された雛遊ひなあそび先生は、視線で僕の安全を確認すると、餓者髑髏がしゃどくろを向いた。

 

「あれくらい俺なら一口だけど、食べたらおまえ、怒るよな?」


 顔色をうかがうように星蓮せいれんがこちらを見る。

 餓者髑髏がしゃどくろそのものは怪異だが、要は死霊の寄せ集めだ。

 中には僕の知っている人がいるかもしれないし、誰かの大切な人が混じっているかもしれない。


 ——そう。例えば、美術室で絵を描いていた彼女とかが。

 


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