表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【画集2弾発売中】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
怪異アレルギーと白骨の怪談
12/114

第三夜┊二「彷徨う白骨」

 小綺麗な境内けいだいは、澄み渡る早朝の空気に満たされていた。

 整然と並ぶ敷石に、人の足跡はない。手水舎ちょうずやでは新鮮な水が絶えず湧き溢れ、静まり返った境内に爽やかな水音を響かせている。

 正面の本殿は白い木材で建てられていて、境内けいだいの緑の中にその存在を淡く示していた。

 境内は本殿をはじめ、社務所も敷石も軒並み白っぽく、朝の日差しをまばゆく反射している。

 ……僕の生家は黒一色の漆塗うるしぬりだったそうだから、こことはまるで正反対なのに。白い本殿を眺めていると、どこかノスタルジックな気持ちが芽生えてきた。

 

 この若宮神社は、僕が物心ついた頃とさほど変わらない時期に建てられたものだ。

 近所の小宮にしてはなんだかとても居心地がよくて、僕はたびたび朝に寄っては、ここでお参りをしてから登校することにしている。

 星蓮せいれんは参道の手前まではついてきたものの、白い鳥居を見上げると「すごいなここ。俺は入らない方が良さそうだ」と珍しく同行を辞退した。

 

「ここで待ってるから、行ってこいよ。この中なら危ない目に遭うこともないだろう」

「ここってそんなに凄い神社なのか?」

「まあ、そこらの妖なら、鳥居の中に放り込んだ瞬間に蒸発するだろうな」


 というわけで、立派な怪異である友人からのお墨付きも得られたことだし、今朝の僕は自信を持ってお参りにきていた。

 ぱん、ぱん、と二回手を合わせて、深々と一礼する。


「今日こそ、怪異アレルギーが治りますように」

 

 そしてあわよくば、不老不死も治りますように。

 しっかりお願いしてから、さて帰ろうかと振り返ると、拝殿の階段の下から男の人がこちらを見上げていて、思わず足が止まった。

 

「精が出ますね」


 にこ、と微笑まれて、つられて僕もへらりと愛想笑いを浮かべる。十年近く通っているが、この神社で他人と会ったのは今日が初めてだった。

 

 魔除けの一種だろうか。男の目元には、朱色の隅取くまどりが施されている。

 控えめに彩られた目元は、女性だったならメイクと勘違いしただろう。

 じっと目元を凝視する僕に気付くと、男は「おや」と自分の目元に手をやった。


「これがえますか」

「あ、すみません。ついジロジロと……」

「ああ、気にしないでください。この若宮神社は名の通り、歴史の浅い宮でして。熱心な参拝者はあなたくらいのものなのです」

 

 ですからいつも感謝しているのですよと男は続けて、はたと何かに気付いたように、今度は男がこちらをじっと見つめてきた。

 自分もさっきやってしまったばかりなので、数秒は見つめられるがままじっとしていたが、だんだん沈黙が苦しくなってきて、男に声を掛ける。


「あの、穴が開きそうなんですが……」

「これは失礼。知人の若い頃にそっくりだったもので。——私は若宮わかみやかさね。この神社の宮司ぐうじを務めています」


 人好ひとずきのする微笑みを浮かべて自己紹介する男に、「きれいな名前ですね」と答える。随分と女性的な響きのする名前だ。風に音と書いて風音かさねさんだろうか。

 

「襲う、と書いて『かさね』と読みます」


 思ったより物騒な名前だった。

 笑顔で語られて、僕も愛想笑いのまま固まる。「へえ、かっこいい名前ですね」となんとか感想をひねり出した。

 今度は僕の紹介を促すように視線を向けられるが、黙っている僕にしびれを切らしたのか、「失礼ですが、お名前は?」と男がストレートに尋ねる。

 

「名乗るほどのものでは……」


 神社と同じ姓を名乗る男に、僕は言い淀んで口を閉ざした。

 ほいほい怪異に絡まれる僕は信用がないようで、『知らない人に簡単に名前や住所を教えてはいけない』と、星蓮せいれん向日葵ひまわりさんに口が酸っぱくなるほど教え込まれている。

 神社で出会った初対面の男に名前を教えたなんて知られたら、あとで怒られてしまうだろう。

 僕のなけなしの防犯意識に、男は「そうですか」と特に気にした様子もなく頷いて、右手の社務所しゃむしょを指し示した。

 

「日頃のお礼に、御神籤おみくじでも引いていきませんか。サービスしますよ」

 

 占いに興味があるわけではないが、くれるというなら貰っておいても損はない。

「ありがとうございます」と言って御籤箱みくじばこを振ろうと手に取ると、「振る必要はありません」と制止の声がかかった。

 

「え?」

「今日の君は七十二番ですから」


 引いていいと言われたそばから止められるとは思わなくて、御籤箱みくじばこから棒が転がり落ちる。

 その棒の先には「七十二」と刻まれていた。


「……この箱って七十二番しか入ってないんですか?」

「はは、だとしたら数人連れのお客様にはぐにバレてしまうでしょうね。全員が七十二番を引くわけですから」


 宮司ぐうじはからからと乾いた笑い声を上げて、「疑わしければもう一度引いてみても構いませんよ」と箱を指す。

 

「……つぎは何番が出るんですか?」

「おや、意地悪ですね。また当ててしまったら、君は今度こそ御籤みくじを信用してくれなくなりそうだ。参拝者は少ないですが、ここの御籤みくじはそこそこ評判なんですよ」

「一応、言うだけ言ってみてもらえませんか」

「そうですねえ」

 

 男は柘榴石ざくろいしのように爛々と輝く瞳で僕を見る。

 からだの中にあるものを射抜くような鋭い視線に、背筋をぞわりとしたものが駆け下りた。

 

「今日の君は、七という数字に縁があるようだ」


 男の言葉を聞いてから、再度御籤箱(みくじばこ)を振る。

 出てきた棒は、七番だった。


「……あなたが凄腕の詐欺師か、凄腕の宮司さんのどちらかであることはわかりました」

「五分五分で信用していただけたようでなによりです」

「これ、どちらの御神籤おみくじを引くべきでしょうか?」

 

 七十二番と七番の御籤棒みくじぼうを宮司に渡すと、男はそれらを見下ろして「両方を」と答えた。

 

「どちらも君に縁があったのでしょう。うちの御籤みくじは一問一答式ですから、両方引いても問題ありませんよ。ですが、そうですね……。君は七十二番ですから、七番の方は、君がこのあと最初に出会った人にでも渡すと良いでしょう」

 

 それでは、良い一日を。

 男はそう言って、結果を見ることなく立ち去っていく。

 

 あとに残された僕は言われるがまま、七十二番と七番のくじが入った箱を開いた。

 

「七十二番:凶。西に困難(きた)り。隣人を頼られよ。打開の道がひらかれよう」

 

 印刷されたような精巧な文字は、しかしよく見ると墨の反射具合で手書きの筆文字だと分かった。これを書いた人はすさまじく神経質か、写経の達人に違いない。

 というか、もしかして一番から百番まで、すべて手書きなのだろうか。だとしたらとんでもない労力だ。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ