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【画集2弾発売中】幻想奇譚あやかし日記  作者: 惰眠ネロ
怪異アレルギーと保健室の怪談
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第九夜┊二十二「血染めの白衣」

 慣れ親しんだ歩調で揺れる背中に、目を覚ます。

 気付くと俺は総司そうじに背負われて、雛遊うちの門の前に着いとった。


「起きたか」

「っ……うわ! 嘘やろ、あ、アンタに運ばせてもうたん!? だ、誰か人を呼んでくれりゃ良かったのに」

「お前一人くらい背負える」


 憮然ぶぜんと返されたけどそういう話やない。

 ラフに接してはいるものの、俺らはれっきとした主従関係。総司そうじに背負われるくらいなら、酒吞しゅてんちゃんに放り投げられた方がまだマシや。


 あんまり表には出しとらんけど、俺は酒吞しゅてんちゃんに負けず劣らず総司そうじのことを神聖視しとる。

 自分からダル絡みはしても、こんな風に総司そうじから気安く触れられると動揺した。


「も、もうお嫁に行かれへん……」

「お前の恥の基準はよく判らんな」


 あまりに居たたまれなくて下ろしてもらうと、総司そうじが不思議そうに首をひねる。

 たびたび抱えられるのを嫌がっとった桜子さくらこの気持ちが、今になってちょっとわかってもうた。 

 これでも俺は護衛を兼ねて総司そうじに付いとるのに、俺が意識を失って担がれてるようじゃほんまにお荷物や。


 御門ミカド君も、ああは言っとったけど結局俺を殺さへんかったらしい。まぁ、理由なく他家の式神に手ぇ出したら周りもいろいろとうるさいやろうし、俺を殺すメリットもないから妥当な判断やろう。


 ——御門ミカド君が海神わだつみを私利私欲のためにび起こしたのは間違いない。

 一度は殴ってやらんと気が済まへんけど、桜子さくらこの死因に弟が絡んどったかも、なんて、とても総司そうじには報告できひんかった。


 総司そうじ御門ミカド君のことを未だに気に掛けとる。まして、嫁に迎えた女が身内の不祥事で命を落としたやなんて知ったら、総司そうじはその責任を負おうとするやろう。

 俺は『嫌疑不十分』とラベルを付けて、御門ミカド君から聞いた一切を胸にしまうことにした。


檻紙おりがみとは話ついたん?」

「対話はできたが、実りがあったかどうかは怪しいな。娘を怪異だと思い込んでいるようだった」

「やっぱり心を患ってはるんかねぇ。檻紙おりがみの娘にはうた? えらい綺麗な子ぉやったけど」

「そうだな、……少し、桜子さくらこに似ていた」


 総司そうじがほんの僅かに頬を緩ませる。

 それはちょぉーっと桜子さくらこの美化が過ぎるやろ、と思ったけど口にはせえへんかった。総司そうじの目に映る桜子さくらこは、あれくらい綺麗やったのかもしれへんし。

 桜子さくらこ檻紙おりがみの傍系やから、一応あの子と桜子さくらこは遠縁ながらも縁者ではあった。


「え、千鶴ちづるに会ったの?」


 俺らの言葉を小耳に挟んでか、通りすがったはじめ坊っちゃんが目を丸くして俺らに駆け寄る。


千鶴ちづる? あの子そんな名前なん? 出生届もまだ出されへんのやろ?」

「名前がないと不便だからって、かさねが付けたんだ。檻紙おりがみさんに知られるとまた千鶴ちづるが叩かれるかもしれないから、内緒でだけど……」

「ちょお待ってや、坊っちゃんたちは檻紙おりがみに娘がおること知っとったん? いつから?」


 俺の言葉に坊っちゃんは首を傾げて、「一昨年おととしくらいかな」と答える。二年も幼馴染の存在を隠しとった子供らの仲良しネットワークに卒倒しそうやった。


かさね君もってことは、綾取あやとりも知っとったんか」

一昨年おととし綾取あやとりさんが『みんなで七五三だから、こっそりお祝いしましょう』って千鶴ちづるを連れてきてくれたんだ。俺が七つで、いろはとかさねが五つになる年だったから。……御門みかどさんに聞いたら、あの時の千鶴ちづるは本当は三才じゃなくて四才だったみたいだけど」


 坊っちゃんは指も折らずに、聞き及んだらしい生まれ年から千鶴ちづるちゃんの歳を割り出す。

 綾取あやとりすらも把握してない生年月日まで入手しとるんか。

 恐るべし、子供ネットワーク。


「てことは、今日()うた千鶴ちづるちゃんは六歳なんか。よう今まで隠しとったなぁ……」

「姉さんが、『千鶴ちづると遊んだことは絶対に誰にも言ってはいけない』『バレたらひどいめに遭うのは千鶴ちづるだからね』、って……」


 はじめ坊っちゃんはそこまで言って、俺の隣に総司そうじが立っとることを思い出したらしく、慌てて自分の口に手を当てた。

 総司そうじの前でカルタ嬢ちゃんの話は禁句やと思っとるんやろう。


「やってさ。嬢ちゃんは賢いなぁ」

「そうだな、カルタの意を汲んで聞かなかったことにしよう。……だが、檻紙おりがみが日常的に娘に暴力をふるっているのであれば捨て置けない。はじめ千鶴ちづるとは今でも頻繁に交流があるのか?」

「俺はあんまり……。千鶴ちづるが外に出られたら話しはするけど、俺は男だから檻紙邸おりがみていに入れない。でも、いろはは毎日通ってるみたいだよ。()()()()は仲良しだから」


 坊っちゃんは俺らの目を見て、しっかりとそう答える。

 同年代の子らの中では一番純真に見えた坊っちゃんが、まさかこの上さらに嘘を塗り重ねとるやなんて、俺も総司そうじも思わんかった。


 坊っちゃんは、「いろはは毎日通ってる」と説明したけど、正確には綾取あやとりの双子が交互に「いろは」に成り替わって檻紙邸おりがみていに通っとったことを、俺らは五年以上経ってから知ることになる。


 綾取あやとりの双子の正義感は、最年少の幼馴染が暴力を振るわれとる現状を看過できひんかった。

 双子がひっそりと食べ物や遊び道具を与え、難攻不落の檻紙邸おりがみていからいずれ千鶴ちづるちゃんを連れ出そうと画策しとるのを、はじめ坊っちゃんもこっそり手助けしとった。


 この日、坊っちゃんが千鶴ちづるちゃんの名と存在を明かしたのは、檻紙邸おりがみていに出向いた俺らがどこまで知ったのかを探るためだったんやと、今ならわかる。

 口を滑らせたようなあの仕草までもが、演技やったことも。


 そしてそれらの善意の行動は、間もなくして千鶴ちづるちゃんが座敷牢に閉じ込められてからも、屈することなく続けられた。


 こうして、子供らのお遊びと切り捨てるにはあまりに長すぎる期間を経て、かさね君はついに千鶴ちづるちゃんを檻紙邸おりがみていから連れ出すことに成功する。


 ——檻紙おりがみ家当主と、使用人七十二名の焼死という、目を覆うような最悪の形で。




 ✤




 檻紙邸おりがみていが焼け落ちる、ほんの少し前のこと。

 五年が経ち、桜子さくらこが亡くなってから十四回目の冬が来た。


 十八になったカルタ嬢ちゃんにとっては、高校生最後の年や。

 けど相変わらず、祓い屋をめざすカルタ嬢ちゃんと、それを許さへん総司そうじとの間では冷戦状態が続いとる。

 総司そうじは、学校帰りの嬢ちゃんが怪異を祓ったと聞くと烈火のごとく叱ったし、わずかでも褒められることを期待しとった嬢ちゃんの傷付いた顔を見るのは、俺らも辛かった。


 カルタ嬢ちゃんは、総司そうじが坊っちゃんばかりを可愛がって、嬢ちゃんのことには興味がないんやと思っとったけど、そんなことは断じてない。

 二年後に迫った成人式に、総司そうじは「もうそんな歳になるのか……。時が過ぎるのは早いな」と溜め息を吐いては、桜子さくらこの遺影の前で振り袖のカタログを広げて「あの子には何色が似合うだろうか」と毎晩のように悩んどるし、最高級の呉服屋にオーダーメイドの予約まで入れとる。


 まだ二年も先やっちゅーのにこの有り様。

 誕生日プレゼントに至っては、贈ったそばから来年のプレゼントを悩み始める程度には子煩悩や。

 カルタ嬢ちゃんの油彩画が賞を取って飾られた日には、普段は一切口をつけん酒まで開けて、小さく載った地方紙の切り抜きの前で一人、祝杯をあげた。


 そんなんやから、嬢ちゃんと衝突するたびに傷付いとるのは総司そうじも同じで、「もうあなたと話すことはない」と嬢ちゃんに背を向けられた時なんて、俺は総司そうじが腹を切るんやないかと一晩中ハラハラしとった。


 祓い屋を継ぐことを反対され続け、高校生も終わりやっちゅーのに進路を決めかねたカルタ嬢ちゃんは、逃げるように美術室に閉じこもり、遅くまで残って絵を描き続けるようになった。

 俺は総司そうじとカルタ嬢ちゃんの両方を心配しとったけど、カルタ嬢ちゃんはいつの日からか、放課後の美術室で絵を描くことをえらい楽しみにするようになった。

 久し振りに見る生き生きとしたカルタ嬢ちゃんの姿に、総司そうじは大層喜んだ。嬢ちゃんが遅くまで絵を描き続けて、帰りが遅くなっても叱らんかった。


 カルタ嬢ちゃんも、総司そうじのことを心から嫌いになったわけやない。

 嬢ちゃんが毎日嬉々として持ち運んどる絵筆もパレットも、総司そうじがカルタ嬢ちゃんの誕生日に贈ったものや。

 嬢ちゃんの好きなブランドで、嬢ちゃんの手に合った大きさで。

 雛遊ひなあそびの名が刻まれたその絵筆を、嬢ちゃんは何よりも大切にしとった。


 総司そうじは嬢ちゃんたちの誕生日に、いつも必ずプレゼントを二つ贈る。

 自分からの分と、桜子さくらこからの分を。


 その絵筆とパレットで怪異を祓い、クラスメイトを助けたことを、カルタ嬢ちゃんは誰よりも総司そうじに褒めて欲しかったんやろう。

 助けたクラスメイトには罵倒されても、学校には居場所がなくとも、総司そうじが一言「よくやったな」って言ってくれたら、きっとカルタ嬢ちゃんは救われた。


 けど、カルタ嬢ちゃんが欲しがる、ありとあらゆるものを取り寄せても、総司そうじはその言葉だけは贈らんかった。

 総司そうじが褒めたら、総司そうじさえ認めたら、カルタ嬢ちゃんは祓い屋として生きていくことになる。

 総司そうじは、自分がいつまでも嬢ちゃんと坊っちゃんを守れるわけやないことを、いずれ自分が先に死ぬことを、誰よりも理解しとった。


 ——綾取あやとりの糸は切れ、檻紙おりがみはやがて燃え尽きる。

 ——雛遊ひなあそびはいつもひとりぼっち。


 それは誰が言い出したのか、昔からある童唄わらしうた

 雛遊ひなあそびの子はいつやって、一人(のこ)される運命や。

 総司そうじも幼い頃、()()に両親を殺されて、一人で全てを背負ってここまで来た子ぉやったから……。

 

 俺はこのまま、カルタ嬢ちゃんが絵の道に進んでくれたらええのにな、と自分勝手に願っとった。




 そんな冬のある日。

 カルタ嬢ちゃんが、帰ってこなくなった。



 最初はただの反抗期やと思って、俺はそんなに気にしとらんかった。

 むしろ今まで一度の外泊もなく、夜にはきちんと雛遊ひなあそびに帰ってきとった方が奇跡やろう。

 けど酒吞しゅてんちゃんは何かを感じ取ったようで、日が暮れて雪がちらつき始めると、辺りを手当たり次第に捜索し始めた。


「嬢ちゃんの気配がせぇへん。どこにもおらん……!」

「そない心配せんでも、明日には帰ってくるやろ。酒吞しゅてんちゃんも休んだ方がええんやないの」

「こんなんで眠れるわけないやろ。……うち、学校探してくる」


 酒吞しゅてんちゃんが学校に向かうのを見送った時ですら、俺はまだ楽観視しとった。

 難しい年頃やし、カルタ嬢ちゃんほどの実力があれば、俺らの追跡を撒くことなんて容易たやすいやろう。

 これでいなくなったのが坊っちゃんやったら俺も大騒ぎしたやろうけど、カルタ嬢ちゃんならそこらの怪異に襲われても遅れを取ることはあらへん。

 相手が人間なら尚更や。


 俺がそう言っていくらなだめても、酒吞しゅてんちゃんは聞かへんかった。

 一月ほど前に行方不明になった綾取あやとりの傍系、小手鞠こでまり言葉ことは君も、未だに見つかっとらんのやからって。

 

 ——雛遊ひなあそびの盤石なチーム戦は、お互いの命を預けることで初めて成立する。


 俺らはお互いが生きてるか死んでるかは、なんとなく感覚でわかる。

 カルタ嬢ちゃんは生きとる。

 生きとるなら、自分の意志で帰らへんだけやろう。

 俺はそう信じとった。


 けど、カルタ嬢ちゃんは翌日も、その翌日も帰らんかった。





 カルタ嬢ちゃんが失踪して、七日目の朝。

 俺らは、カルタ嬢ちゃんの命が失われたことを悟った。



 酒吞しゅてんちゃんがおかしくなったのも、その頃やった。





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