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始点

コルクボードに貼り付けられた依頼書を入念に精査していく。


カラミ草の採取、パス。

オロミウム鉱石の採掘、パス。

ペネトレの種の調達、パス。

ストロンチウム鉱石の採掘、パス。

ホロホロ鳥の捕獲、…パス。

ディアボリークの討伐依頼、出来るかそんなもの。


そんな訳で結局、最後に残った依頼書を剥がす事にした。

曰く、 ──ウーハイトン郊外に出没するサハギンの討伐依頼。


『サハギン』


人の体に魚類のような見た目を持つ亜人種である。

陸上における活動も海中における活動も可能で、海棲生物特有の知性と気性の悪さを併せ持つ難敵だ。

冒険者・傭兵・騎士といった様々な業種の間で危険視され、討伐対象となっているこの怪物だが、亜人種としての人類に対する脅威度は然程ではない。

精霊術への高い耐性、水陸どちらにおいても十全な能力を発揮する高い運動性能、水中なら重装騎士すら上回りかねない腕力。

反面、鱗を持たない全身は防具としての強度を有さず、また魔術への耐性も低い。

サハギンとはつまり、人類の天敵と呼ぶには些か以上に半端な生物なのだ。

そんな半端な怪物が何故人類に対する脅威足り得るのかと言えば、それは偏にその繁殖力に起因する。

魚の下半身を持つこの亜人種は産卵数が非常に多く、一体から数百の子を成すことが出来る。

放っておけば数ヶ月で一つの群れが四倍にも五倍にも膨れ上がるのがサハギンという種なのである。


故に、サハギンは、見つけ次第全て駆除しなければならない。

そうしなければ、総数にして数億に登る彼らの個体がいつか必ず人類をその脅威へと至らしめるからだ。

そんな大袈裟な言い回しと比例して、この依頼書には注意書きとしてこんな文言が付け加えられていた。


“個体数の増加によってサハギンの脅威度が大幅に上昇している可能性があります”


裏を返せば個体数が少なければそれほどの脅威ではないということだ。

…まあ、あまり考え過ぎても仕方ない。

とにかくこの依頼を受けよう。

受付で依頼書を提示すると、受付嬢は気乗りしない様子で依頼書に押印した。


「お一人でサハギンの討伐は危険ですよ。パーティーを組まれることをお勧めします」

「そのパーティーとやらが先日壊滅したんだ。仕方ない」

「であれば尚更、一人での立ち回りに慣れていない今の貴方が向かうにはサハギンは危険です」


確かに、サハギンは単独よりも複数人での討伐がセオリーとなる怪物だ。

以前──冒険者となってから間もない頃であれば、俺もきっと素直にその助言に従っていただろう。

だが今は違う。

一人で立ち回る術もある程度身に付けている、筈だ。

それからもひたすら受付嬢との攻防を繰り返す内に、自身の身を案じているだけではないということに気付いた。


「実はパーティーを失くしてしまった冒険者の方が他にもいらしてまして」

「そいつと組めって事か?」

ええ、と受付嬢が頷く。

そんなことだろうと思っていた。

俺の実力を信頼するでも、なし崩しにパーティーに誘うでもなく、最初からその選択肢を提示した方がより良い結果になると分かっていたのだ。

初めからこの受付嬢がそういう女だと分かっていれば、もっと早くに話を切り上げることが出来たものを。

溜息を一つ吐くと、俺はその冒険者の名を問うことにした。


ラダーマンズ・ウィドウズ事務所。

依頼書に記された場所は、ウーハイトンの中でもとりわけ寂れた通りの一角だった。

貧困街に位置するこの辺りは治安も悪く、長らく廃屋となっている建物も多いという。

少なくとも冒険者がパーティーを組んで訪れる場所とは思えないが……。

辺りを窺うようにして歩いていると、ようやく事務所の看板を発見した。

だがその看板も、長らく手入れされていないのだろう。

最早何屋なのかすら分からない有り様だった。

扉を二度ノックすると、暫くの間を置いて軋んだ音を立てて扉が開かれる。

中から現れたのは長身瘦軀の男──と、その傍らに浮かぶ半透明の霧状の何かだった。

一目で分かる霊体系の精霊である。

悪霊という訳ではないのだろうが、あまり良い印象は受けない。

男は俺を頭から爪先まで舐めるように眺めた後、無遠慮に事務所へ招き入れた。

男は自らをオーヘンデックと名乗る。

彼が件の依頼者だった。


「まあ座れよ、冒険者」

そう言って、事務所の奥の長椅子に俺を座らせると、オーヘンデック自身も対面の椅子にドカリと腰を下ろした。


「それで今回のサハギン討伐を受けたのは君と……そこの君もかい?」

オーヘンデックは、長椅子に座る俺の隣に近づこうともしないケープを纏った冒険者に声を掛ける。

冒険者はこくりと小さく頷くと、それ以上何も言わずにただオーヘンデックをそのフード越しに見つめた。


「そうか、まぁ口が固い事はとても良いことだ。信用ってのは言葉では買えないからな」

そう嗤いながら、オーヘンデックはソファから立ち上がると背後の戸棚を漁り始めた。


「おい、まずは報酬の話をしろよ」

俺は思わず口を挟むが、オーヘンデックは面倒臭そうに答える。

「そう慌てるな」

そう言って戸棚から取り出した一つのガラス瓶を手渡される。

「これが何か分かるか?」

中を満たしているのは見慣れた真朱の液体だった。


治癒水(ヒールポーション)

読んで字の如く、怪我を治す効果を持つ回復薬である。

その形状から、所謂ポーションと呼ばれる類の物品だ。

治癒水とは、コルクで栓をした程度の大きさのガラス瓶の内部に治癒成分が凝固したものを溶かした液体を指す。

この治癒水を患部に振り掛ければ外傷はたちまち塞がるが、治癒水には毒消しのような即効性はないため、飲めばすぐに傷が治るという訳でもない。

あくまで傷口を塞ぐ程度の応急処置としての利用が推奨されている代物である。


「最近この辺りに店を出してね」

どうやらオーヘンデックはウーハイトンに開いたばかりの雑貨屋でこの治癒水を売り捌いているらしい。

そして間もない頃にサハギンの目撃情報が頻発し、怪我をした者や不運に備える者が続出、開店から数日で飛ぶような黒字の連続だったという。

初めの頃は立地や商品の質もあってそこそこに繁盛していたが、最近になってあまりにも都合が良過ぎる状況に同業者の間で疑念が生じ始めたらしい。


「腕の良い商人は運も味方に付けるということを、どうやら三下共は知らないらしい」

そう言ってオーヘンデックはやれやれと首を振って見せた。

つまりは奴の汚名を雪ぐためにこの討伐依頼を出したということか。


「分かった。すぐに取り掛かる」

「もし怪我でもしたらウチを頼ってくれよ」

俺の返答にオーヘンデックは満足げに頷くと、冒険者と治癒水の入ったガラス瓶を残して事務所を出て行った。


「奴等の根城は、この近くの河川らしい」

席を立つ。

フードを被ったまま一言も発しなかった冒険者も俺に倣うようにして事務所を後にする。

互いに自己紹介をすることもなく、俺達は奴等の潜伏する河川の下流を目指して歩き始めることにした。


奴等の根城がこの辺りの河川にあることは分かっていた。

サハギンはその生態故に、群れの上位個体の命令には絶対服従する。

要は単純な上下関係だ。

そして、上位個体を殺せば群れは自然と瓦解する。

群れを従える上位個体とはつまるところ女王に他ならない。

奴等は女王を頂点に据えた階級社会を築いているのである。

尤も、俺が今から向かう場所では、その秩序の前提が崩れ去っている訳なのだが。

本来であればサハギンは暗く湿った洞窟や海岸付近の岩礁に巣を作り、そこで集団生活を営んでいる。

しかし奴等の場合は違った。

目撃情報のあった河川は、天からの直射日光を防ぐ手立ても、卵を産み付ける起伏のある岩場もない。


「それに女王の姿も見えない」

俺の呟きに、隣を歩く冒険者が頷いた。

橋の上から件の群れを確認する。

数は数十程度だろうか。

そして、奴等を取り仕切る女王の姿はやはり見当たらない。

その数から推測するに群れからはぐれた群れ、と言ったところか。

だが、それにしても統率者が不在のまま統制の取れていない行動を取るとは考え辛い。


「考えても仕方がない。さっさと済ませるぞ」

俺は冒険者に一言投げ掛け、欄干から身を躍らせた。

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