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第六章 生立ち

 エステルの母、ディアナは、強い光属性を持った先代の聖女だった。

 

 属性は、基本的に両親のどちらか一方を引き継ぐとされているが、稀に先祖の持っていた属性が隔世遺伝のように発現する事がある。

 光属性と闇属性は、そのように発現する事が他の属性に比べて多く、同時に、親が光属性でもその子供が光属性になる可能性は低く、非常に稀な属性と言われている。


 そして今から二十五年前、当時は光属性の少女がおらず、聖女が不在の状態で、神殿の力が弱まっていた。


 そんなある日、神殿の敷地内に魔物が侵入した。

 大騒ぎになる中、何処からともなく、ディアナが颯爽と現れ、その強大な力で魔物を退けたという。


 それ以来、彼女は神殿に囲われ聖女として崇められる事になった。


 その飾らない人柄で、彼女は民衆から絶大な支持を集めたというが、同時に奔放な性格でもあり、神殿は手を焼いた。神殿がディアナを縛り付けようとすればするほど彼女は反発した。

 

 そして、ある時神殿付近で行き倒れた青年をディアナが見つけ、保護した事で、事態はまた一変する。


 青年の名はアデス。後にエステルの父になる男である。


 彼は強い毒属性を持ち、そのため生まれてからずっと迫害を受けて生きてきていた。

 そして遂には命の危険にまで晒されたため、何とか逃げて神殿に辿り着いたという。


 不思議な事に、光属性の浄化能力故なのか、ディアナには彼の毒は効かなかった。

 特殊な環境で生きて来た二人が恋に堕ちるまで時間はかからず、二人の交際を良く思わない神殿を飛び出し、駆け落ちという形で二人は結ばれた。


 その一年後、神殿より遠い地で生まれたのがエステルである。


 エステルは幼い頃から光属性の魔術を使う事ができた。

 娘を聖女にしたくないと考えた両親はそれをひた隠しにしていたが、エステルが十五歳になった時、神殿がディアナの居場所を突き止めた事で、エステルの存在と能力はすぐに神殿にも知られてしまった。


 神殿はエステルを聖女とさせるために、あらゆる交渉をディアナに持ちかけた。

 ディアナもアデスも、当然首を縦に振ろうとはしなかったが、話を聞いたエステルは、国民のためになるのならと、自ら聖女になる事を望み、家を出て神殿に入る事を決意した。


 ただし、エステルは母が聖女だった頃の話を聞いていたため、自分が聖女となるための条件として、母を完全に解放する事と、必要以上に自分の自由を拘束しない事を神殿側に約束させた。


 とはいえ、元来優しい性格のエステルは、聖女になってから神殿の期待以上に率先して国民のために尽くして来た。

 そのため、ディングル国民の中にはエステルに心酔する者も多い。


 神殿にとって予想外だったのは、エステルが母親の強力な光属性と共に、父親の毒属性まで持って生まれてきてしまっていたという事だった。


 ディアナもアデスも毒が効かないため、エステルの毒属性に気付いていなかった。それ故にエステル自身も、自分に父と同じ毒属性があるとは気が付かなかったのだ。


 それは神殿に入る際に、念のため属性検査を行って発覚した。

 光属性も顕現しているため、聖女としての資格はあるし、光属性の者が他にいない以上、毒属性が発覚した事でエステルが聖女を辞退する方が神殿にとっては痛手となる困るため、神殿はエステル本人にその事を伏せた。


 だから、先程ガルリアに言われるまで、エステルは自身の毒属性には微塵も気が付いていなかったのだ。


   ☆   ☆   ☆


「……という訳で、神殿で暮らしながら、貧しい人々のために料理を振舞っていたのだけど……まさか私の作る料理が全て毒物になってしまうなんて……」


 簡単に生い立ちを話し、エステルは嘆息した。


「それが毒属性の特性だからな。俺も噂で、ディングル王国では毒属性持ちが聖女をやっていると聞いた時はまさかと思ったが……」


 ガルリアが面白い物をみるような目をエステルに向ける。

 エステルはむっと眉を寄せた。


「私だって、自分が毒属性だと知っていたら、聖女になんてならなかったわよ」

「そうだろうな。さっき初めて会ったばかりだが、お前の性格はわかった。だからこそ、俺はお前を花嫁にすると決めたんだ」

「本気なの? 私を花嫁にするって……」

「この俺が、嘘で求婚する訳がないだろう?」


 何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げるガルリア。


 この男は、どこまでもまっすぐだ。

 彼の放つ言葉は、全てまっすぐで、心に刺さる。


「まぁ、俺はどこぞの阿呆とは違うからな。無理強いはしない。お前がその気になるまで待ってやる」

「その気にならなかったら?」

「惚れさせてみせるさ」


 ニッと、不敵に笑うガルリアに、エステルはどきりとする。


「と言う訳で、この後は本気で口説くから、心しておけよ」


 彼がそう言ってエステルの頬に軽く触れる。


 と、その時、ドタドタと慌ただしい足音が響き、玉座の間の扉が勢いよく開かれた。


「陛下! 勝手に転移魔術で帰るなんて何を考えているんですか!」


 黒髪に青い眼、血の気のない白い顔にモノクルを掛けた青年が、ぜぇぜぇと肩で息をしながら歩み寄ってくる。

 ガルリアは深々と溜息を吐いた。


「オクト、邪魔をするな……皆戻れたんだから良いだろう?」

「全然良くありませんよ! 使節団全員をディングル王城から此処まで転移させるために、私が魔力を使い切る羽目になってしまったんですよ!」


 オクトと呼ばれた青年が疲弊している様子だったのはそれが原因か。


 転移は高等魔術だ。術師本人が一人だけ転移するのでさえ、並の魔術師では難しいとされている。


 ガルリアは先程難なく自らとエステルを転移させたが、帝国からやって来た使節団は護衛も含めて四、五十人いたはず。

 何かしらの魔具で補助したとしても、一人で全員を転移させるのはかなり無茶だ。できたとしても魔力全てを出し切って済むのなら軽い方だろう。

 下手をしたら魔力を使い切るのでは済まず、昏睡状態になりかねない。


「おお、一人で全員連れて戻ったか。流石は帝国が誇る皇室付き魔術師だな。褒めてやるぞ」


 ガルリアは愉快そうに笑うが、オクトは恨めしそうにそんな彼を睨んでいる。


「まぁそう怒るな」


 ガルリアはちょいちょいとオクトを手招きする。

 ふらふらの足取りで彼が歩み寄ると、ガルリアは彼に右手を掲げた。


 小さく何か呟いたと思った直後、淡い光がガルリアの手のひらから溢れ出し、オクトを包み込んだ。


「俺の魔力を少し分けてやるから、今日はもう休め」


 優しい口調でそう言うと、オクトは血色の戻った顔で悔しそうにしながら頷き、ガルリアとエステルに一礼して退出した。


「……魔力を分けるなんてできるのね」

「ああ、魔力を分け与える事自体はさほど難しくないぞ。ただ、俺の魔力は強すぎるからな。オクトは俺の縁者であり俺に次ぐ魔術師であるのと、闇属性だから耐えられるが、並みの人間なら耐えられないだろう。子供に高純度の酒を飲ますようなものだからな」

「なるほど」


 魔力を持たない者にとって、強すぎる魔力は毒になる。

 神殿で働く神官にも、魔力を持たない者が何人かおり、聖女が強力な魔術を発動させる際は影響を受けない様に配慮していたものだ。


「……あ」


 神殿に想いを馳せたことで、自分の側近であるジャックの存在を思い出した。


 晩餐会前日に王城に連行されたまま、次は帝国に連れ去られたと聞いたら、神殿が怒り狂うだろう。

 中でも、ジャックはエステルが神殿に入った時から色々と世話を焼いてくれた兄的な存在だ。


「あの、一度神殿に戻りたいんだけど……」


 エステルの申し出に、ガルリアは僅かに眉を顰めた。

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