第四章 本音
皇帝ガルリアは、この場においてどんな暴言をも許すと言った。
それならば、言いたいことを言ってやろう。
エステルは大きく息を吸い、レナルドに向けて大声を上げた。
「ふざけんなっつーの! テメェが私と結婚したいっつーから婚約したんだろうが! 好き勝手言いやがって! 皇帝への料理だって昨日急に神殿に来て私に作れって命令したのはテメェだろうが! 責任を押し付けてんじゃねぇよ! ついでに、胸に脳みその分の栄養まで取られたようなそこの女とよろしくやるなら先に婚約破棄しろよ! このアホ王子!」
一息に暴言を吐き尽くして、エステルは胸に手を当ててにっこりと笑った。
「あー! すっきりした!」
周りが唖然とする中、ガルリアがぷっと吹き出した。
「はははっ! どんな暴言も許すと言ったが、まさかここまでとはな!」
一方で、これまでの人生で暴言など吐かれたことのないレナルドは、真っ赤になってわなわなと震えている。
「おっ! お前! この俺に何たる暴言! 許さんぞ」
「俺が許すと言った。聞いていなかったのか。阿呆め」
ガルリアが再び呆れた顔で言い、それからエステルの肩に手を置いた。
「それよりも、俺はお前を気に入ったぞ、エステル・アードベッグ。あの阿呆との婚約が破棄されたのなら、俺と結婚しろ」
「は?」
唐突の求婚に理解が追いつかず、間の抜けた声を出すエステルだが、ガルリアはお構いなしに彼女の右手を取り、その甲に口付けた。
「俺も花嫁を探しているところだったんだ。ディングル王国の聖女で、しかも毒属性を持っているのならば申し分ない。悪いようにはしないぞ」
「しかし、私には聖女としての役目が……」
「そんなもの、俺の后になったとしても好きに続けたら良い。俺はお前の意思を尊重するぞ」
破格過ぎる申し出に、エステルは答えに窮して俯いた。
そんな彼女の様子に、ガルリアはふっと微笑み、国王を振り返った。
「ディングル国王よ、大人しくエステルと俺の結婚を認め、その阿呆を廃嫡にするなら、今回の俺への反逆は、なかった事にしてやるぞ。異論はあるか?」
「滅相もございません! この場において、第二王子レナルドの廃嫡を宣言するとともに、心より陛下にお詫び申し上げる次第でございます」
土下座せんばかりの国王の様子と決断に、レナルドは愕然としている。
「……俺が、廃嫡、だと……?」
「え……じゃあ、レナルド様と結婚しても、王子妃にはなれないって事?」
露骨にがっかりした顔をするルミナに、レナルドが吠える。
「何だよ、お前は俺が王子だから近付いたのか!」
「当たり前じゃない! 王子じゃなかったらアンタみたいな能無し、誰が結婚なんてするもんですか! あのいけ好かない聖女の婚約者だから奪って、ついでに王子妃になろうと思ったのに! 全部ぶち壊しじゃない! どうしてくれるのよ!」
声を荒らげて本音をぶちまけるルミナ。本当に貴族の令嬢なのかと疑わしいほど、品性が足りないようだ。
そのまま二人はぎゃいぎゃい言い争いを始めてしまう。
「……晩餐会が台無しだな。国王よ、俺はもう帰る事にする。エステルは連れていくぞ」
何度目かになる呆れ顔で呟き、ガルリアはエステルの手を取って唱える。
「転移魔術」
刹那、ガルリアとエステルの周りを眩い光が包み、瞬き一つの間に、二人の姿は消えてしまった。
「……本当に帰ってしまわれた……」
国王は困り果てて頭を抱えている。
その国王に、我に返ったレナルドが掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。
「この俺が廃嫡とはどういう事ですか!」
ジスランが弟を止める間もなく、国王はレナルドの頬を平手で叩いた。
「まさかお前が、此処まで馬鹿な真似をするとは思っていなかった……! よりにもよって、ガルリア皇帝陛下のお料理を、聖女に作らせるだなんて……!」
「っ! 何がいけないんですか! 帝国の鼻をあかすチャンスだったんです! 皇帝が毒に倒れれば、ディングルが帝国を支配できる!」
「この馬鹿者!」
国王の怒声に、レナルドがびくりと肩を震わせて言葉を呑み込む。
「あの皇帝がお怒りになったら、ディングル王国全土が焼け野原になってもおかしくないんだぞ! それくらいの戦力差がある国だ。先の戦争、互角に渡り合っていたと思っていたのはこちらだけ。帝国側は赤子の相手をしているようなものだっただろう」
「そんな、冗談でしょう……?」
「冗談なものか。聖女を奪われてしまったが、お前の廃嫡程度で怒りを鎮めてくださったことに感謝するんだな」
国王は立ち上がると、皇帝に詫び状を送るために自室へと急ぎ、晩餐会はそのまま終了となった。
「……何なんだよ。くそっ!」
悪態を吐くレナルドに、ジスランは歩み寄ると無遠慮にその顔面を拳で殴りつけた。
「ぐっ! なっ! 何すんだよ!」
「お前のせいで、エステルを皇帝に奪われた……どうしてくれるんだ」
暗い顔で呟くジスランに、レナルドは解せない様子で眉を寄せる。
「あんな女一人いなくなったって、何も変わらないだろう。そんなことより、俺の王位継承権を取り戻さないと……」
言いかけて、目の前のジスランが今までかつてない程に怒りに満ちた顔をしていることに気付いて言葉を呑み込む。
「エステルの価値がわからない馬鹿が……」
ぎろりと弟を睨みつけて、彼は踵を返してその場を去っていった。
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