第二章 第二王子の裏の顔
料理長ダニエルの指示で、エステルは、皇帝の分は仕込みからすべてを一人で担う事になった。
料理の内容と作り方、材料を確認していると、厨房に運ばれていた分では足りない野菜がある事に気付く。
「ダニエルさん、ニンジンが足りないみたいですが、余分はありますか?」
「ああ、食糧庫にありますよ。誰かにとって来させましょう」
言いながら、手が空いている者を探そうとする料理長を、エステルは慌てて制止した。
「これ以上皆さんのお手を煩わせる訳にはいきません! 場所を教えていただければ自分で取ってきますから!」
「そうですか……では、そこの裏口から厨房を出て、右に行くと食糧庫の小屋があります。入ってすぐ左手に根菜類が入った木箱があるはずなので、そこから必要分をお取りください」
「わかりました」
言われた通り、エステルは城の敷地の裏庭に当たる場所を移動し、小屋を見つけた。
と、聞き慣れた声がして足を止める。
「良いじゃないか、ルミナ。誰も来やしないよ」
「いけませんわ、レナルド様。せめてお部屋で……」
くすくすと笑みを含んだ甘ったるい口調が呼んだ名前。
思わずそちらに目をやると、小屋の陰で身を寄せ合う男女がいた。
一人は先程まで一緒にいたエステルの婚約者であるレナルドだ。もう一人は貴族の令嬢のようだが、初めて見る顔だった。
ウェーブがかった栗色の髪にグレーの瞳で、豊満な胸元を惜しげもなく強調するドレスを纏っている。
彼女がエステルに気付き、レナルドの腕をぎゅっと掴んだ。
それにより、レナルドが眉を寄せて振り返り、エステルを見て少しだけ驚いた顔をしたが、その後すぐに不愉快そうに顔を顰めた。
「何の用だ?」
「食糧庫に野菜を取りに参りました……殿下、差し出がましい事を申しますが、殿下は私と婚約されていらっしゃるのですから、他の女性と親しそうになさるのはおやめください」
エステルにとって、レナルドは他人が決めた婚約者で、現時点では愛情はおろかただの情さえない。
聖女になった時、王族との婚姻はある程度予想していた。
それでもせっかく結婚することになったのだから、仲良くしたいと思っていたのに、相手からはそのような気は一切感じられず、もはやそれは諦めていた。
そんな相手が別の女性と親密にしていたからといって、嫉妬などするはずもないのだが、自分の夫となる男の醜聞など聞きたくはない。
「俺に命令するな。相変わらず面白みの欠片もない女だな。少しはルミナを見習ったらどうだ」
言いながら、ルミナという名前らしい令嬢の腰をぎゅっと抱き寄せる。
令嬢は「きゃっ」と言いながら満更でもない顔でレナルドの胸に頬を寄せ、今度はエステルに向けて勝ち誇った笑みを向けてくる。
「お前が聖女でなければ婚約などしなかったんだからな……そうか、そうだ。別に聖女を正妃に迎えなければならないという法律なんかないんだ。よし、ルミナを正妃にしてお前は愛妾にでもしてやろう」
名案だと言わんばかりに頷くレナルドに、目を輝かせるルミナ。
何だこの地獄絵図は。
エステルは内心でレナルドに軽蔑の眼差しを送る。
お前が聖女と結婚したいと貴族院にごねたから、私はお前と婚約する事になったんだっつーの!
私を面白みの欠片もない女だと思うなら、婚約破棄して自由にしろよ!
お前の愛妾なんて真っ平御免だっつーの!
心の中でもう一人の自分が盛大に叫び出す。
エステルは基本的にとても優しい性格だが、怒りが頂点を越えると、口が物凄く悪くなるという癖がある。
昔はそれを本当に口に出していたのだが、十七歳になった今は心の中で叫ぶに留めている。
叫びたい自分を抑えて、すん、とした顔になっているエステルを小馬鹿にするように、レナルドとルミナは高笑いしながら去っていく。
その後ろ姿を、何とも言えない顔で眺めるしかできないエステルだった。
どんなに軽蔑しようとも、相手は王子だ。
自分から婚約破棄しようにも、今の不貞の現場を見た者は自分しかいない。これではあまりにも不利だ。
良い方法はないだろうかと思案しつつも、今は明日の晩餐会の料理の仕込みをしなければならない。
あんな傲慢王子でも、命令は命令。腕によりをかけて、グレンリベット帝国の皇帝が絶賛するような料理を作ってみせよう。そうすれば、あの王子も少しは自分の事を認めてくれるかもしれない。
エステルは気を取り直して食糧庫から必要な野菜を取り出したのだった。
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