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第一章 婚約者の来訪

 炊き出しが終わり、神官達が片付けに追われている中、エステルは神殿内の図書室で料理本を手に取っていた。

 次の炊き出しで使えそうなメニューを考案するためだ。


 と、突然どたどたと、静かな図書室には似つかわしくない足音が近付いて来た。


「エステル様! 第二王子のレナルド殿下がお見えです!」


 血相変えて飛び込んできたジャックに、エステルは目を瞬く。


 通常、王族が神殿を訪れる際にはきちんと事前に通達される。

 王城のある王都と神殿のある町はさほど遠くはないが、早馬で数時間掛かる距離だ。

 急用だったとしても、王族が馬車で向かう間に使いが来るものだ。


「えっ? 来訪の予定なんて聞いてないけど……」


 ディングル王国の第二王子レナルドは、聖女エステルの婚約者でもある。


 婚約者と言っても、王子本人が聖女を花嫁にしたいと言い出したことで決まってしまった、エステル本人の意思などどこにもない関係である。

 それでも、彼女は婚約者になった以上は仲良くしたいと思っていた。


 だが、問題は第二王子自身である。


「応接間にお通ししましたので、お話はそちらでどうぞ」


 ジャックに言われ、エステルは本を戻して応接間に向かった。

 部屋に入ると、上座の椅子に腰掛け、左膝に右足首を乗せるという偉そうな姿勢の第二王子がいた。


「レナルド王子殿下にご挨拶申し上げます。本日はいかがされましたか?」


 形式ばった挨拶をする婚約者に、レナルドはふんと鼻を鳴らした。


「お前に仕事を持ってきた」

「仕事、ですか?」

「ああ。王城開催される晩餐会で、料理を振舞え。主賓はグレンリベット帝国のガルリア皇帝だ」


 グレンリベット帝国といえば、五年前の戦争でディングル王国に打ち勝った国だ。

 その後はディングル王国が配下に下る形で友好条約を結んだ相手であるため、晩餐会に招待すること自体はおかしなことではない。


 だが、ディングル王国の王族よりも立場が上の存在である皇帝を招待した晩餐会の食事を、どうして聖女が作る必要があるのか。


「この国の聖女は料理だってできると言う事を示したいんだ。頼むぞ」

「……承知いたしました」


 腑に落ちない事はあるが、彼なりに何か考えての事なのだろう、そう解釈してエステルは頷いた。


「晩餐会は明日だ。今から俺と一緒に来い」

「えぇっ? 今からですか?」


 急にそんな事を言われても、当然荷造りも何もできていない。

 戸惑うエステルに、レナルドは眉を顰めた。


「この俺の命令が聞けないのか?」

「……わかりました。すぐに荷物を纏めますので、少しお時間をいただけますか?」

「早くしろ。準備ができ次第出発するぞ」


 レナルドの横柄な態度に辟易しつつ、エステルはジャックに声を掛けてすぐに荷造りを始めた。

 大きなバッグに服とレシピを書いたノートを入れて、レナルドの乗って来た馬車に乗り込む。


 王都まで、馬車では半日程掛かる。

 レナルドはエステルと会話をする気もないらしく、仏頂面のまま小窓から外を眺めており、馬車の中は気まずい沈黙に包まれていた。


 やがて王城に着き、長い道中、レナルドに対して気疲れしたエステルは休憩も与えられぬまま、厨房に案内された。

 晩餐会を明日に控え、料理人達は仕込みに追われて広い厨房内を慌ただしく行き来している。


 そんな中で、レナルドは料理長と思われる人物を呼び止め、こそこそと何か耳打ちした。

 すると、料理長は驚いた顔でエステルを振り返る。


「聖女様が明日のお料理を作るのですかっ? 流石に、それは……」

「エステルの料理を食わせれば、グレンリベット帝国に一泡吹かせるだろう。良いか、皇帝の料理だけで良い。エステルに作らせろ。これは俺からの命令だからな!」


 傲慢に言い放ち、彼は厨房を出ていってしまった。


 残された料理長が、遠慮がちにエステルに声を掛けてくる。


「聖女エステル様。お初にお目にかかります、城の料理長を務めております、ダニエル・ビームです……正直私にも状況はわかりかねるのですが……」


 戸惑った様子で挨拶をして、ダニエルは厨房回りの案内をしてくれた。

 晩餐会を明日に控えて忙しいだろうに、律儀な男だ。

 しかも、明日出す予定のメニューとレシピまで、惜しげもなくエステルに教えてくれたのだ。


「レナルド殿下のご命令とはいえ、お忙しいのに申し訳ありません」


 エステルが恐縮しながらそう言うと、ダニエルは小さく首を横に振った。


「いえ、エステル様が謝ることではございません」


 実際、エステルに非があるはずもない。

 全ては第二王子レナルドの指示なのだから。


「おや? エステルが登城したと聞いて来てみたけど、どうして厨房にいるのかな?」


 穏やかな声に振り返ると、そこには金髪に緋色の眼をした青年が立っていた。


 火属性を有する次期国王、王太子のジスラン・ディングルである。


「王太子ジスラン殿下にご挨拶申し上げます。エステル・アードバッグでございます」

「ああ、エステル、久しぶりだね」


 穏やかな笑みで頷くジスランに、ダニエルがレナルドの指示について報告をすると、ジスランは顎に手を当てて何やら思案するように黙り込んだ。


「ジスラン殿下?」

「……え? ああ、すまない。ちょっと考え事をしてしまった。まさか、レナルドが聖女に料理を命じるなんて、予想外でね」

「いかがされますか? いくら第二王子殿下のご命令でも、皇帝のお料理をエステル様に作らせるのは……」


 ダニエルが遠慮がちにジスランへ訴えるが、王太子は溜息とともに肩を竦めるだけだった。


「僕も正直どうかとは思うけど、レナルドの指示を無視するとアイツは癇癪を起して面倒な事になるし、エステルには申し訳ないけど、お願いするしかないかなぁ」

「私は構わないのですが……」

「エステルは優しいね。愚弟には勿体ない」


 にっこりと微笑み、ジスランは挨拶もそこそこに厨房を去っていった。

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