最終章
翌日、エステルは神官長と大神官を集め、ガルリアの花嫁になる事を前向きに考えるため帝国へ行くと伝えた。
当然、神殿側は全力で引き留めようとしたが、彼女の後ろでガルリアが凄んでいたため、皆何も言えなくなり、渋々了承した。
話し合いはほぼ一方的に進んで終わり、廊下に出たところで、ジャックが駆け寄って来た。
彼はずっと、聖女の側近として近くにいながら、神殿の意向故にエステルに毒属性の事を告げられなかったことを心苦しく思っていたと話してくれた。
「エステル様、本当に申し訳ございません」
「ジャックのせいじゃないでしょう? 私は気にしていないわ。それより、自分の属性を知らなかったとはいえ、貴重な食材を無駄にしてしまっていてごめんなさい」
「え? 無駄になんてなっていませんよ?」
ジャックは、心外そうに眉を上げた。
エステルの隣に立っていたガルリアが「そうだろうな」と言わんばかりに頷く。
「だって、私の料理なんて、誰も食べられないでしょう?」
「ええ、それはそうなんですが……エステル様の作る料理は、見た目も味も申し分ないのに、食べれば麻痺したり、量によっては死に至ります。なので、それを床下や屋根裏に少量置いておくと、ネズミ退治に役立つんです」
そういえば、エステルの料理を持って帰る人は決まって「本当によく効く」と言っていた。
あれはネズミ除けにされていたからだったのか。
内心複雑ながらも、妙に納得してしまうエステルだ。
「それに、料理を町外れに置けば、魔物にさえ効果が出るようになったんです。当初は、やがて食べなくなるだけで魔物除けの効果はなくなるかと思いましたが、あの料理がある事で、魔物はこの町には寄り付かなくなりました。おそらく、料理に含まれるエステル様の魔力を恐れているのです」
「私の料理が魔物除けになっていたって事?」
「ええ。下手に結界を張って維持するよりも、効果的で魔力的なコストもかからないので、町民からはとても感謝されていました」
「そうだったの」
町を守ることに繋がっていたのなら、自分のしてきたことは無駄ではなかった。
エステルはほっと息を吐いた。
「……でも、それだと私が帝国に行ってしまうと、その魔物除けの効果が切れてしまった後に新しいものを置けなくなっちゃうわね」
心優しいエステルは町民を心配してそう呟く。と、ガルリアがその肩を軽く叩いた。
「心配なら結界を張って行けば良い。俺も手伝ってやる」
「良いの?」
「ああ。お前が心残りを作る方が嫌だからな」
エステルに甘い顔をするガルリアに、ジャックはこほんと咳払いをした。
「ガルリア皇帝陛下、私などが貴方様に何か申し上げられる立場でないことは重々承知しておりますが、その上で一つだけよろしいでしょうか」
真面目な顔でそう切り出したジャックに、ガルリアは頷く。
「どうか、エステル様をよろしくお願いいたします。私は聖女エステル様の側近として、神殿内では最も長くエステル様と過ごしてきました。烏滸がましいことは百も承知ですが、妹のように思っております。だからどうか、エステル様が、涙を流すことのないように、どうか……」
ジャックが身体をくの字に折り曲げて頭を下げる。
「お前に言われるまでもない。俺はエステルを幸せにする。これは決定事項だ」
堂々と言い切ったガルリアに、ジャックは少しだけ複雑そうな顔をしたものの、すぐにふっと安堵したように表情を崩した。
「……良かった。これで安心して送り出せます」
「ありがとう、ジャック。心配してくれて」
感謝を述べるエステルに、ジャックは首を横に振る。
「エステル様、どうかお幸せに。帝国が嫌になったら、いつでも帰って来てくださいね」
最後は冗談っぽく言って笑うジャックに、ガルリアがふんと鼻を鳴らす。
「嫌になんてさせないから安心しろ」
徹底して強気なガルリアに、エステルは笑って頷いた。
「……もう帝国に戻る?」
「ん? ああ、そのつもりだったが、どこか行きたい場所があれば立ち寄るぞ」
「ううん。そういう訳じゃないんだけど、今度は帝国の町を見たいなと思って」
「そうか。じゃあ、直接城ではなく、帝都の外れに飛ぶか。少し散策しよう」
ガルリアは即座にエステルの希望を聞き入れてくれた。
それが、エステルにはとても嬉しかった。
「じゃあ、早速行くか。この町に結界も張らねばならんしな」
エステルの手をさっと取って歩き出すガルリアに、エステルは頷き、見送るジャックに手を振った。
神殿を出て、エステルはガルリアに魔力を借りて結界を織り成した。
彼の強大な魔力を借りたことで、エステルが一人で張るよりも、何十倍も強靭な結界を張ることができた。
これならば、災害級の魔獣が大群で襲来しない限り結界が破られることはないだろう。
それに、結界を張ったことで、万が一この結界に僅かでも解れが生じれば、術者であるエステルとガルリアにはそれが伝わるので、危機にすぐ駆け付けることができる。
「これで大丈夫ね」
「ああ。今後ももし気になることがあれば、その都度足を運べば良い」
「ありがとう」
礼を述べるエステルに、ガルリアは優しく微笑む。
「お前が俺の花嫁になることを前向きに考えてくれるなら、このくらい安いものだ」
言いながら、エステルの耳元にそっと唇を寄せる。
「まぁ、どうしても礼がしたいというのなら、その唇をいただくぞ」
ぼっとエステルの顔が紅くなる。
ガルリアは愉快そうに笑い、彼女の手を取った。
「さぁ、帰るぞ」
翻弄されてばかりで悔しいが、彼には敵わない。
だけどきっと、彼と生きる未来は明るく幸せに溢れている気がした。
負けを認めるような心地で、エステルはその手を握り返したのだった。
『聖女なのに毒属性のせいで殺人料理しか作れません』はこれにて一旦完結です。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
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