序章 聖女の炊き出し
麗らかな日差し差し込むお昼前。
神殿の正面広場では、炊き出しが行われていた。
この国、ディングル王国は、五年前の戦争で隣国のグレンリベット帝国に敗れた。
帝国の配下になった事で国全体の経済はだいぶ回復したが、それでも庶民の暮らしはまだまだ貧しく、敗戦の影響を強く感じさせていた。
神殿は戦時中から、飢える市民を救うため、連日神殿前の広場で炊き出しを一日一回行っていた。
料理は、神殿に勤める神官と、自ら名乗りを上げた聖女によって作られている。
「今日の聖女様の料理はどれですか?」
一人の婦人が、木の台に並べられた料理を眺めながら、一番手前にいた神官に尋ねる。
「今日の聖女様はのお料理は、奥のピラフです」
「ありがとうございます。頂きますね」
婦人はにこやかに微笑みながら、持参した皿を差し出す。
その様子を、聖女エステルは少し離れた場所で炊き出しの手伝いをしながら眺めていた。
「……今日のお料理も大人気ですね、聖女様」
声を掛けてきた神官に、聖女と呼ばれた金髪碧眼の少女はにっこりと微笑んだ。
エステル・アードベッグ。
十七歳にして、今代唯一の聖女である。
魔術の存在するこの世界において、人間は誰しもが魔力を持って生まれて来る。
その魔力には属性があり、光属性の魔術師から聖女が選ばれる。
この光属性というのが非常に希少な属性で、今このディングル王国内にいる光属性で魔術が扱える者は、エステルのみという訳である。
そのため、彼女はほぼ消去法のような形で聖女の座に収まっている。
それでも、心根の優しい彼女にとって、聖女という立場は公に人助けができる上に、人々も疑う事なくそれを受け入れてくれるため、非常に居心地の良い場所であることは間違いなかった。
「ええ、そうね。良かったわ」
心からそう思っている笑顔に、彼女の側近的存在である神官のジャック・ジムは何故か複雑そうな面持ちで頷く。
「ああ、聖女様、今日もありがとうございます」
先程の婦人が、聖女に気が付いて足を止めた。
「いいえ。皆様のために、少しでも役に立てるならこのくらい当然です」
「ありがたいですよ。聖女様のお料理は、本当に良く効きますから」
「良く効く?」
まるで薬のような言い方だ。
自分が作ったのはただのピラフなのに。
目を瞬いたエステルに、隣に立っていた神官が咳払いをするのを受け、婦人は慌てた様子で会釈して去って行ってしまった。
「どうしたのかしら?」
「さぁ……それより、あと少しですから、此処はもう大丈夫です。聖女様は今朝も早くから仕込みで大変でしたでしょうし、少し休んでいてください」
ジャックに促され、エステルは神殿の中に戻っていった。
他の料理に比べて、明らかに大量に残ってしまっているピラフを一瞥して、ジャックは額を押さえて深く溜め息を吐いたのだった。
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