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ご主人-05


「ん?」


「ねえ、ご主人のひと」


「え? あの……ご主人って呼ぶのはちょっと。ティアよ、ティア・ストレイ」


「ご主人のティア」


 敬っているのか、慣れ慣れしいのか、一体どっちか分からない呼び方に、ティアはクスッと笑う。


「ティアでいいよ」


「おれ、ご主人はちゃんとご主人っち呼ぶのがいいと思う」


「……分かった、ご主人でいい」


 突然のご主人呼びに躊躇いつつも、ティアは自身の名を教えた。そのままレオンの手を引いてキャラバンの待機所へ向かう。


「おれね、レオン」


「うん。宜しく、レオン」


「レオン・ギニャでね、レオンが先のなまえで、ギニャがあとのなまえ。ジェイソンはジェイソン」


「あなたが名前を付けたの?」


「……えっ?」


「あー、分からないならいいわ。宜しくね、ジェイソン」


 ジェイソンは目を閉じる動作でティアに応える。レオンが気を許したかどうかでジェイソンの態度は変わるようだ。


「キャラバンの詰め所に行く前に、水をもらっておこうか」


「きゃばらん、たのしみ。おれどんなんか知らんけん」


「キャラバンよ」


「きゃ……ら? でもきゃばらんのほうがかっこいいっち、おれ思う」


「だーめ、そういう名前だから勝手に変えないの。レオンも名前を勝手に変えられたいと思う?」


「うーん、それはいややね。分かった、ちゃんときゃばらんっち言うことにする」


「キャラバンよ」


「あ、まちがえた! 今のはほんとにまちがえた!」


 ティアが笑うと、レオンもいたずらっ子のように笑顔を見せた。その様子は珍しい種族である事以外、どこにでもいる普通の子供と変わらない。


 そんなレオンがなぜ1人で森を出て、大陸中央の田舎町で物乞いをしていたのか。

 ティアはその理由を聞くのをもう少し仲良くなってからにしようと決め、レオンと手を繋いだ。






* * * * * * * * *





 砂漠の移動はラクダの背に乗りっぱなし、炎天下には逃げ場もない。

 いくら頭上に幌があるとしても、暑いものは暑い。


「ご主人、あれ!」


「ん~? ああ次の町ね! 湖もあるし、オアシスならちょっと期待できるかな」


「おあちす……」


「オアシス。周りは砂漠なのに、そこだけ水場があって木や草も生えてる場所のことよ。周囲より低くて、水脈が顔を……って、聞いてないわね」


 2人と1匹の旅が始まり1か月ほど経った。結局ティアはレオンを町に置いていかず、共に行動させている。


 理由の1つはレオンがあまりにも物事を知らないせいで、預ける相手を決めかねた事。


 更にもう1つ重要な点、それはレオンが狐人族である事だ。

 以前の人買いほど強引な者には遭遇しなかったものの、人族に懐いているとなれば、物珍しさで声を掛けてくるだけではない。


 従順な獣人族、更にその子供など、世界を探し回ってもまずいない。レオンを金に換えようとする輩が思った以上に多いと知り、ティアはレオンを守るべく共に行動する事を決めた。


 レオンは基本的に人を善人だと思っている。悪人には容赦しないが、悪事を働いていると知らない限り、まずは善人である事を前提に接する。


 そのせいでレオンは何度も悪人に騙されそうになった。放っておけるはずもない。


 そんな2人が前の集落を出て丸2日、広大な砂漠に数える程しかないオアシスが見えて来た。


「ギギルおる!? ベギチョは!?」


「えっと、魚はいると思うけど、ベギチョって何だろ……うーん」


「うおぁ~べぎっちょ! って鳴くやん」


「何が?」


「ベギチョが」


「鳴く? ……動物、かな」


「飛ぶ! 森にいーーーーっぱいおるんよ!」


 ベギチョは恐らく鳥だろう。レオンは鳥も好物だった。


 興奮したレオンは、重いバックパックもなんのその、ぴょんっと飛び降りて町めがけて砂の海を走り出す。レオンもジェイソンもすっかり移動に飽きていた。


 それに慌てたのはキャラバンの男達だ。


「おい、ボウズ! 何で降りた!」


「見えとるけん、もう行ける! おれ先着いとく!」


「はぁっ!? 何キルテあると思ってんだ!」


 見えている、つまり迷わない。だから走ったら着く。


 その単純な方程式に、足元の状態や自身の体力は全く反映されていない。


 砂の海に足を取られながらも全速力。さてどこまで走れるのやら。もしあれが蜃気楼だったなら、更に1人旅だったなら。考えただけでも恐ろしい。


「レオン! 待ちなさい!」


 そんなレオンの足がピタリと止まった。レオンにとって、ご主人は絶対。ティアが待ちなさいと言ったため、止まったのだ。

 その様子を見て、キャラバンの隊員がふき出して笑う。


「忠犬かあいつは。犬みたいだ」


「忠犬ならそもそも勝手に走り出さねえさ」


「まあ、そうね。でも確かに犬みたい……って、狐人族に犬と言うのはまずいのかな」


 獣人族は総じて耳が良い。狐人族のくせに犬みたいと言われたレオンは、しっかり聞こえていたようだ。

 ただし、正確に内容を把握したわけではなかった。


「犬見たいんやね、分かった! 連れてきちゃるー!」


 レオンはジェイソンを引き連れ、再び走り出す。


「えっ!? 犬のようだねって意味で、犬を見たいわけじゃ……行っちゃった」


 ティアの戸惑いの声が周囲の砂に吸い込まれていく。


 砂に足を取られながらも全速力で走っていく忠犬の後ろ姿にため息をつき、キャラバンは少し速度を上げて町へと進み始めた。




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