慈悲の町-10
必死に走る村人、追いかけるレオンとジェイソンの大群。まるで牛追い祭りだ。疲れた者がレオンに追いつかれて容赦なく山形鋼で殴られる。
そしてジェイソンが首根っこを加えて港へと引きずっていく。
結局、港には村人のうち自ら動けない老人や子供を除く全員が集められた。
獣人族も1人だけなら大したことはない。皆でかかれば勝てる。
そんな事を考えていた人々は、獣人族の恐ろしさを改めて感じていた。
このペドゥサ村は、住民400人がたった1人の狐人族に負けたのだ。
「おまえら、どうする。ほら、オレイの者に金を返せ」
『タダで寄越せ、何でもしろ、借りた金は返さぬ。貴様ら愚か者は自身がそう主張している事を理解しているか』
「は、はい……」
『貴様らを許し、生かす事で何か良い事があるのなら言ってみよ』
ジェイソンは容赦しない。元々魔族は人族など絶滅しても構わないと考えている程だ。存在価値があると認めた場合を除き、基本的には草花と大差ない存在だと認識している。
怯んでしまい、誰もが口ごもる。しかしその雰囲気の中でも、村人はまだ「仕方ない」と言ってもらう事を待っているのがレオンにしっかり伝わっていた。
獣人族は誠実さを大切にしている。村人達の態度は、レオンが求めるものではない。
「じゃあ生かしておく必要ないって事だね。オレイの人々、どうする? 売り飛ばすには人数が多過ぎるけど、働かせて金を返させてもいいし」
「そうだなあ、返して貰おうにも金はないと言われているし……なければ稼いでもらうしかない」
「償いの機会を与えるのは、とても慈悲深い事だって話になったじゃない?」
オレイの人々はどう償ってもらうべきかを話し合う。これが罰や償いの意味を持たなければ、とても聞こえが悪いような案も飛び交う。
「支援期間は1年ほどあったはず。渡した物資と港のお金は、合計で3000万金貨紙幣くらいだったよな」
「400人を人買いに売ったところで1%くらいにしかならないのでしょう? だったら働いて返して貰うしかないと思うの」
「ねえ、ツーピスにはどんな刑罰があるの? オレイには死刑しかないけれど」
「懲役といって、受刑者は決められた期間は作業をして貢献させるんです」
「貢献って素敵な響きだわ! 悪人に貢献させるなんて、とても慈悲深いと思う!」
オレイの皆が嬉しそうに頷き合う。働いて返してもらう。予想外に軽い対応となった事で、ペドゥサ村の者達はやや拍子抜けだった。
「わ、分かりました。働いて返します」
村長のデダは、オレイの生ぬるい対処にニヤケそうな顔を隠し、深々と頭を下げた。もっとも、殴られ腫れた顔では、ニヤケても笑顔とは受け取られなかったかもしれない。
一方、オレイ側は皆がその宣言に満足していた。それぞれが鞄からいくつかの拘束具を取り出し、村人に手招きをする。
「さあ、罪人でありながら貢献できるなんて素敵な事だ。これを足に付けてくれ」
両足首を幅50セルテ程の鎖でつないだもの。それを見た村人達の顔色は一気に青ざめた。
「そ、そこまでしなくても……」
「せ、生活に支障が出てしまう!」
「そこまでしなくてもお、俺達は逃げない、必ず返済すると誓うから」
「大丈夫だよ、腰巻やスカート状のものなら拘束具を付けていても問題ない」
「返済とはいえ、私達が貢献や慈悲を受ける側になるなんて、なんだか新鮮ね!」
「あははは、なんだか気恥ずかしいな」
笑い声が上がる程和やかなオレイと、絶望感漂うペドゥサ。再び逃げようと画策する者もいたが、オレイの者が立ちはだかり、レオンやジェイソンから逃げるのも不可能。
30分程で全員が足に拘束具を付けられ、早速「貢献」が始まった。
「レオンさん、なんとか円満に解決しそうだ。これなら返済が滞る事もなさそうだし、私達も今後他所の町や村で返済を拒否されずに済む」
「100人くらい移り住んで、しっかり監視していこう」
「24時間、誰かのためになる事だけをやって過ごせるなんて、みんな幸せに違いない」
「心配ない、食べ物は有償で届けるから、みんなは返済の事だけを考えて仕事をしてくれればいいんだ」
ペドゥサ村は1日にして、強制労働を科す刑務所同然になってしまった。
タチの悪い事に、オレイの者達は本気で「他人に貢献できる素晴らしい案」と信じている。
足には拘束具、24時間監視。仕事の自由はなく、余暇もない。利益は全てオレイへの返済に充てられる。
もしも細々とでも真面目に返し、誠実な対応をしていたら。少なくとも貧しいながらそれなりの生活ができただろう。
「ねえ、本当に返すのを嫌だとか、金はないとか言い出さないのかな」
「そうだな……きちんと契約書を交わし、署名してもらおう。契約を反故にすれば死刑という事でどうだろうか」
「し、死刑!?」
「だって、これは懲役刑というものなのだろう? それを拒否するとなれば罰するすべはないじゃないか」
「死刑にするなら、せっかくだしレオンさんが言ったように内臓を困っている人に提供するのはどうかしら!」
「それは素晴らしい! 村人が1人減ろうが返済額には影響しないうえに、病気の人の助けにもなるなんて」
オレイの誰かが口を開く度に、ペドゥサ村の民の顔色は土色に近づいていく。
もう一部のペドゥサ村民は、畑へと連行されている。早速すべてを吸い取られる日々の始まりだ。
1秒たりとも時間を開けず、自分ではなく誰かのための労働をする。自分の稼ぎを全て誰かのために使う。
オレイの者はそれを心の底から慈悲深い行為だと思っている。だが、実態は無慈悲な強制労働だ。
「優しい人を怒らせたら怖いって、よく言うよね。意味が良く分かった」
『オレイの者達は、この強制労働を優しさと慈悲の賜物だと信じているからな。まあ、吾輩には関係ない』
「レオンさん!」
これで一見落着だと言って帰ろうとするレオンに対し、キンゼが走り寄ってきた。
「役場は我々が代わりに運営する事になりました。そこで金庫から幾らか金貨や銀貨が出てきました」
「返す金はないって言ってたのも嘘か」
「嘘を真実にしてあげるのも優しさだと思うのです。だから、これは返す金ではない、という事にすれば問題ありません。レオンさんへの報酬という事で」
渡されたのは金貨紙幣20枚と、銀貨100枚。貰い過ぎだと思い、レオンは金貨紙幣10枚を返した。
「早速、他所の町でも試してみます。ペドゥサ村はちゃんと返してくれていると伝えたなら、心を入れ替えてくれるかもしれません」
「まあ、何が何でも返そうとしてくれると思う」
金を返さなければ、足枷をつけて強制労働をさせるぞ。
そう言われて返済を渋る町や村はないだろう。脅しでない事はペドゥサ村を確認すれば分かる事。これでオレイの財政難も解消されるはずだ。
「おれ、すごくいい事した気分」
100人程が村に残り、その他の者がオレイへと帰っていく。後はエーテルの情報に関し、各地に送った手紙の返事を待つだけ。
平和を心から願う者達が、強制労働を科すというとんでもない事態。
食べ物や必要なものは有償で送るというが、きっと良かれと思い大量に送り付けるに違いない。そして、その分がしっかりと返済に上乗せされていく。
恐怖と絶望の日々の始まりを横目に、レオン達は清々しい気持ちで村を後にした。




