慈悲の町‐09
死刑と聞いて、周囲の村人が青ざめる。
村人達は、ようやくレオンやオレイの民が何をしに来たのかを理解した。
今まで湯水のように与えられた物資や金を使い、贈られた高い服を着て「働かなくてもいいなんて最高だ!」と自由気ままに生きてきた事へのツケを払う時が来たのだ。
「お前らは優しい者をだまして楽するならず者だ。おれはならず者を許さん」
「残念なんですがね、これは本当に、本当に残念なのですがね。我が町の法律はこの村には及ばないのです。死刑にしたいのですが、出来ないんですよ」
「だから、その代わりにレオンさんの掟で裁いてもらう事にしたのよ。それなら私達の身勝手な八つ当たりにならないし、お互いが納得できると思うの」
「ふ、ふざけるな! 何がお互いに納得だ! 俺達は……」
「裁かれて困るような悪事を働いていなければ、何も起こらないはずだが? 心当たりでもあるのかね」
村民のヤジに対し、キンゼやオレイの者達は穏やかに微笑んで牽制する。口答え、屁理屈、言い訳。もうどう言い換えても一切通用しない。
『愚民共。吾輩とレオンの前で嘘偽りを述べる事が何を意味するか、分らぬ程の馬鹿ではなかろう。畜生でも厳しくされたなら従順を覚える』
「聞き分けのわるい畜生は肉にもなるけど、人族の肉は買い手が付かないからなあ。魔族の村に持っていけば買ってくれるかも」
『ふむ、一理ある。誰か魔族の住処を知らぬか。これだけ新鮮な肉が揃っていれば、魔族もはした金くらいは払ってくれようぞ』
オレイの者達は、悪人を野放しにしない事で世界平和への貢献が出来る、名案だと喜んでいる。
晴れた海洋性気候の穏やかな村は、重々しい。
「も、もうしわ、け……ござい、ません、で……した」
村長のデダは、まだ掲げられた状態のまま謝罪を述べる。しかし、レオンがこんな謝罪で許す事などない。
「おまえ、誰のために謝っとる。お前が助かりたくてお前のために吐く言葉を謝罪とは言わん」
「私達を騙し、金品を巻き上げて怠け放題、挙句借りたお金は返せないと開き直って、ごめんで済むわけないでしょう?」
「謝ろうが悪人である事に変わりはない。悪人が生きていては世界の平和を乱す」
「か、返します、すべて、かえし……ますから」
「返すのは当たり前。返されてゼロになって、その上で許してもいいと思える何かをするのが償い」
本気を感じ、村人達はガタガタと震えていた。返そうにも金はなく、物もない。それこそ自身の体1つだけだ。村から逃げようとも、ジェイソンがそれを許さない。
「お前ら、1人10金貨くらいにはなるかな。でもこんなにたくさん、買ってくれる紹介屋のひといるかな……」
「ど、奴隷にするつもりか!?」
「そ、そんな事すればお前の方こそ人でなしの悪人じゃねえか……うわぁあああ!」
レオンにヤジを飛ばした男の悲鳴が響き渡った。ジェイソンが一斉に襲い掛かったからだ。
男が黒猫の大群に襲われ、裂けた衣服が飛び散り、港のコンクリートに血しぶきが飛び散る。村人達は叫び声をあげ、パニック状態に陥っていた。
「捕まったら奴隷にされるぞ!」
「殺される!」
「助けて!」
混乱に乗じて逃げようとする村民を眺めながら、レオンはとてもガッカリしていた。発言こそ非情であったが、自ら償いの内容を申し出たなら、それで手打ちにしないかとキンゼ達に持ちかける事も考えていたからだ。
しかし、その必要もなくなった。我が身可愛さにオレイの民を置き去りにし、自分達は恐怖から逃げる事だけを考えている。
「人族のおろかな奴、畜生の餌にもならん」
『生き餌である必要はない』
レオンはカバーに入ったままの宝物を手に構え、群衆に向けてお構いなしに振り下ろし、振り回し、大暴れを始めた。
「ならず者どもー、死なずに償いたかったらさっさと戻れー」
『戻らなくても良いぞ。吾輩が肉を切り裂き、臓物を引きずり出す楽しみが増えるのでな』
「オレイのみんながそれで納得するかな」
『奴らの望みはこやつらの殲滅だろう、納得しか出来ぬ』
「あ、そっか」
レオン達の物騒な会話の後方では、オレイの民が満面の笑みで応援していた。1人地面に倒れる度に、平和に近づいた、あの数が平和まで近づく歩数なんだと、目を輝かせている。
「悪かった! 俺達が悪かった! 謝る!」
「悪かったなんてお前らが自分で言わんでも、もう知っとる」
『こやつらは馬鹿なのか』
「死なずに償いたかったら戻れっち言ったのに、戻らんけん殴られる」
今すぐ港に戻れば殴られない、殺されない。命の危険が迫ってようやく従う気になった者達は全速力で港へと戻っていく。
目に見える逃亡者はレオンが殴り飛ばし、隠れている者はジェイソンが襲う。
骨折や痛みで呻いている者達は、慈悲深いオレイの者達が引きずって港へと連れていく。
「償う機会を与えるなんて、レオンさんは本当に慈悲深い」
「ああ、悪人は死刑になるのが当然と思っていたが、償わせるというのも慈悲かもしれないな」
「そうね、悪を許すわけではないけれど、悪い事をした分の償いが誰かのためになるのなら素晴らしい事よ!」
オレイの者達が満面の笑みを讃えたまま、村人が港から出ないよう立ち塞がる。町の大通りでは、まだレオンが交戦中だった。
「クッソ! 獣人族だからって調子に乗りやがって!」
「ぜ、全員でかかれば怖くねえ! ガキとたかが猫の群れくらい……」
多くが命からがら港を目指す中でも、やはり往生際の悪い者はいるものだ。
屈強な男達が10人程集まり、手に包丁や棒を持って立ちはだかった。中には銃を構えている者もいる。
「お前ら、悪い事をして謝らないのは謝る能力がない無能って事でいいのか」
「あ? 無能だと? 無能はお前だ! 1人で10人を相手にするなんざ、馬鹿のする事さ!」
「お前を撃ち殺して、ここに来たオレイの連中も全員殺せばいいだけの話さ! 他に獣人族の仲間がいなけりゃ報復も怖くねえ」
男達との距離は10メルテもない。銃で撃たれたなら高確率で命中する距離だ。それでもレオンは動じない。
それどころか、久々に分かりやすい悪人が現れて嬉しがっている。
「おれ、こういうしつけの悪いならず者がちょうどいい。面倒くさいけど」
レオンは山形鋼を構え、姿勢を低くする。その時、背後から1人が襲い掛かってきた。物陰に潜んでいたのだ。
それを合図にし、前方の10人も襲い掛かってきた。
「うおらああ!」
「死ねぇ、耳付きの獣め!」
獣を構えていた者は、包丁や棒で襲い掛かる者達が邪魔で、発砲できずに狙いを定めかねている。それを確認したレオンは、自慢の跳躍力で男達の頭上まで跳び上がり、男達の頭を足場として踏みつけながら再び跳び、銃を構えた男の側頭部を蹴り飛ばす。
曲芸のような動きを目で追うのがやっとで、引き金には指も掛かってない。銃はあっけなく地面に転がり、男は付近の木造家屋の壁を突き破って倒れた。
「これ、どうやって使うんだっけ」
『畜生でも扱えるのだ、レオンも扱えるだろう』
「……あ、撃てた! おいお前。ならず者に持たせたら危ないから、おれが預かる。オレイに返す金の足しにする」
レオンが何の気なしに撃った銃弾が男達の足元で跳ねた。
飛び道具には敵わないと思っているのか、この期に及んで命が惜しくなったのか、男達は距離を詰めようとしない。
「どうした、おれを殺すんじゃなかったのか。口だけで何も出来ん奴は、ならず者の中でもいちばんしょうもない」
「うわ、うわあああ!」
1人の男が包丁を両手で持ち、レオンに突き刺さんと走り出す。レオンは山形鋼を大きく振りかぶって男の太もも付近を打ち付けた。
手に持っていた包丁が宙を舞い、転がった男の鼻先で地面に突き刺さる。
「他のならず者を始末せないけんけ、時間稼ぎならお断り。全員まとめて始末する」
レオンに敵わないと悟ったのか、全員が両手を上げて膝をつく。その様子を見て、レオンはまたため息をついた。
「何しよるんか。死なずに償いたいなら港に戻れっち、言った。まあお前らは抵抗したから……港まで戻れたらの話だけどね」




