慈悲の町-08
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1週間が経った。
すぐに行動に移ろうとしていた者達は、レオンやヤプ、町長らの必死の説得によって計画を練り直していた。
何せ刑罰を科すのも執行するのも初めての事。
町長が「法律は町民および町の中での出来事に適用され、オレイの外の町や村では効力がない」と説明し、ようやく死刑にする事は出来ないと気付いたくらいだ。
とはいえ、オレイにとって悪人を野放しにする事は悪を容認する事。オレイの法を使えなくとも悪には制裁を行うべきだ! という意見にはレオンも賛成した。
そこで皆が頼ったのは、やはりレオンとジェイソンだった。
獣人族は人の決まりに従う必要がない。獣人族は怖がられているものの、基本的には品行方正、盗みや恐喝、人殺しなどを絶対に行わない。
しかし自身や他人に危害を加えられた場合、獣人族のやり方で復讐する事が認められている。
目に見える悪に対し、誰かが困っていると声を上げたなら放置しない。
そこにそもそも「人族などという下等な畜生」を気にもしない魔族ジェイソンが加われば……。
「素晴らしいわ! 死刑にして処分するだけでなく、ちゃんと使える内臓を困っている人に使うなんて!」
「なんて慈悲深いんだ! 俺達も魔族や獣人族を見習うべきだろう、なあ!」
「おれ、素晴らしいんだって。やったね」
『今更我らの優位性に気付いたか。だから人族は下等なのだ』
ようやく正義の鉄槌を喰らわせることができる。オレイの民の目は力強い。
一番返済する気も感謝の気持ちも感じられないのはどこかを決め、まずはその村から取り立てを開始する事となった。
直近の支援先であるネイシアは除外され、向かったのはペドゥサ村だ。オレイから北に伸びる半島の先端に位置し、およそ20km離れている。
町中の馬車をかき集め、代表200名、計30台のキャラバンが出発して数時間。
昼過ぎになって半島の先の平らな入り江沿いに、人口400人のペドゥサ村が見えてきた。
村を南北に貫く通りだけはレンガ張りでしっかりと舗装され、その脇に立つ建物だけは3階建てのコンクリート製。
港は幅約10メルテ、長さ数百メルテもあり、護岸工事もばっちりだ。標高400メルテの高原に向かう遊歩道も整備されていた。
勿論、全てがオレイの支援によって造られたものだ。
≪美しい海と高原の村、ぺドゥサ≫
≪ペドゥサ観光公園へようこそ!≫
高台には丸太で作られた展望台がある。眺めを楽しめという事だろう。
「この村を見下ろして何が楽しいんかね」
『この粗末なあばら屋群を見下ろし、下々の哀れさを嘲笑えとでも言いたいのだろう』
「あー……ジェイソンさん。あの展望台は、周囲の海や入り組んだ湾、切り立った崖を見渡すためのものなんです。晴れた日には60km離れた隣の大陸も見えますよ」
勘違いした1人と1匹が気まずそうに口を閉じた頃、キャラバンが停車した。
民家は粗末な木製や石積みの平屋ばかり。メイン通りの一部とは別世界だ。
住民はやけに上等な服を着た者と、ボロボロの服を着た者が半々、そして特に何をするでもなく道端に座り込んでいる者が多い。
オレイから押し寄せた大群の訪問に村人は驚き、何事かと集まってきた。通りを埋め尽くすだけでは足りず、皆が整備された港へと移る。騒ぎを聞きつけ、ペドゥサの村長が駆けつけた。
「ど、どうしたんですか、キンゼ町長! 団体での観光にしては多過ぎませんかい」
「ペドゥサのデダ村長、確認したい事があるんだが」
「は、はあ」
「村内の道路、遊歩道、展望台、そして港。支援終了後に延長となった物資や食料の代金。それらについて、このまま返済はしないという考えにお変わりは?」
ペドゥサの村長デダは、返済の催促だと理解しため息をついた。そして滞納しているとは思えない程横柄な態度で顔をしかめる。
「あんたらが借りてくれと言うから借りてやったというのに。金がないから支援を頼んだのは分かっているだろう。食べ物の支援を急に打ち切られ、どれだけ村が困った事か」
デダは出っ張った腹に乗せるように腕組みをし、キンゼを非難し始める。周囲の者達も、支援を寄越せと口を揃えて繰り返し、感謝の気持ちなど全くないようだ。
「村が発展するまで支援するって言ったんだろ!」
「まだ発展していないんだから支援が足りてねえんだ!」
「途中でやめたってどこから金が湧くんだよ、返せるわけねえだろ!」
「そんな事より肉を届けてよ! 支援を打ち切られたせいで1日1食の生活なの! それも野菜や小魚ばかりで飽き飽き!」
村人は貰えて当然だと思っていて、オレイは酷い町だとまで言い出す始末。
自分達もやると言えば、オレイの民は喜んで道の作り方やコンクリートの練り方、型枠から鉄筋の土台まで全て伝授したはずだ。
オレイは町の住民を引き連れて工事をし、完成したものを渡すつもりでいたが、技術移転を申し出てくれたなら拒むつもりもなかった。
論メンテナンスの方法も教えたが、オレイの技術者がまた来てくれたら問題ないと言い、何も教わらなかったのはむしろペドゥサの方だ。
最初は手伝っていた村人達も、オレイの喜んでくれるなら何でもしてあげようの精神が悪い方へ作用し、何もかもやって貰う事に慣れてしまったのだ。
そのうち、もっとこうしてくれ、ここが出来ていないと文句を言うようになってしまった。
「オレイの民、甘やかし過ぎたね」
「……これは反省しなけれなならない。ツーピスのヤプ氏が言っていた通り、最初から農業支援や建築支援など、物でなく技術だけを渡していれば……」
「目の前でおなかが空いて困っている人がいたら、どうしても見ていられなかったんだ」
優しさだけでは助けにならない。それをよく理解したオレイの面々は、それでも他の町の支援を止める事は考えていない。
そんな心の綺麗なオレイの皆のため、レオンは数歩踏み出してデダとキンゼの間に割って入る。
「おい、ペドゥサ村長のデダ。お金を返す気があるのかないのか、それを聞かれたんだから答えろ」
「じゅ、獣人を雇ったのか。いやああんたも聞いていただろう? オレイの奴ら、いきなり支援を止めて、金を返せと言い出したんだ! 債務の罠と言われているのは知っているかな?」
債務の罠。それは発展した町が非難として言い出したのではなく、なんとペドゥサのように支援を受けた町村が言い出した事だった。
「こちらがこうして欲しいと言っても聞かず、必要以上のものを完成させる。競札じゃないから言い値だ。きっと手抜きして高い金を吹っかけているんですよ!」
「借金漬けにして、この港も展望台も何もかもオレイのものにするつもりよ!」
町長は感謝どころか憎しみを込めてキンゼを睨む。村の者もそれに続き、心の底からオレイを悪者だと思っているようだ。
レオンはため息をつき、再度デダに問いかける。
「おれの質問に答えろ。お前に演説しろと言った覚えはない。金を返すつもりがあるのかないのか」
「返せるわけがない。中途半端に放置されたこの村を見たか? 港と一部の道と、展望公園、それ以外は昔のままなんだぞ。中途半端なものに金は払え……ぐべえっ」
レオンはデダの右頬を容赦なく殴りつけた。ジェイソンも50匹に増え、赤い口内を見せつけて威嚇する。
「なっ、なっ……!?」
「怠惰なならず者、おまえは有難うが言えないのか、しつけが出来てないな。自分達が働こうともしてないし、オレイにずっと物と金を出させて楽したいだけだな」
「ふっ、ふあっ……」
レオンはデダの胸倉をつかみ、足が付かない程高く持ち上げる。
「お前らはオレイの慈悲深い者を騙した。こんな港があれば大きな船作って漁に出れる。展望公園に観光客を呼べる。でも誰も働かん。オレイから貰ったら楽だから」
思惑を堂々と指摘され、村長は頬を押さえたまま動かない。
『オレイの刑罰を知っておるか? 死刑一択だ。どうだ、この侘しく愚かな村にも取り入れてはみないか』




