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誠実に丁寧に、真心込めて復讐代行。【レオンの怨返し】―LEON SEEKS VENGEANCE―  作者: 桜良 壽ノ丞
【常識ある村】

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常識ある村-01





 マーフィー大陸に着いて1ヶ月が経った。


 エーテル村が恐らく海沿いの村であろう事から、レオンは大陸沿岸を南下し、4つの集落を通過した。

 だが人口100人程度の小さな村も、1000人いる町でも、エーテルという地名に心当たりがある者はいなかった。


 まだまだ暑いせいか、レオンは砂浜を歩く時だけ半袖シャツを脱いで歩く。この大陸に到着してから、道らしい道は1つも見かけてない。


 周囲に誰もいなくても、砂浜から出る時はいそいそと服を着る。どこかルールを間違えて覚えているものの、そんなのは些細な事だと言いきれるほど、レオンはこの1ヶ月大変な思いをしてきた。


「あ、村が見えた」


『次は訳のわからぬしきたりがなければ良いが』


「挨拶はポセイドン様のご加護を、いただきますはポセイドン様の慈悲になんちゃら、朝と昼と夕方と寝る前にはポセイドン様に感謝の祈り、右手はポセイドン様のものだから、右手で物を掴んではいけなくて……」


『もう良い、あのような面倒な村には二度と寄るでないぞ』


「でもその前の村もおかしかったじゃん」


 マーフィー大陸は北東から南西に細長く伸びていて、大陸と言っても厳密には10の大きな島と数百の小さな島が幅数十~数百メルテの間隔で連なっている。


 そのためか、陸路の交通が発達しておらず、他所の島との交流も浅い。同じ島内であっても陸路の道すらなく、漁師に頼んで船を出してもらう事もあった。


『東を向いて食事をするな、陽が沈んだ後は酒を飲むな、歯を見せて笑うな』


「今日は男が家に入ってはいけない日だから、出てくれって言われた時はさすがに参ったね」


『人族の暮らしは疲れる』


「宿がない村もあったし」


 蒸気船が寄港する事で人や物資が行き交う町は、あまり他所との差を感じない。一方、通り過ぎる商人や旅人もいない地方の村は、その村だけの常識で完結してしまう。


 他所者が来る事など想定していない。振り返れば故郷のピッピラもそうだった。


「家は多いね、500人くらいいるかも」


『ならば少しは期待できるやもしれぬ』


「贅沢なご馳走と言って、葉っぱと芋の炒め物を出してくる宿じゃありませんように」


 山の中を進み、草や木々を掻き分け、短い下草が生えるだけの頂上付近で額の汗を拭う。ようやく見えてきたのは、入江に連なる家々だった。


 湾は入り口から長く複雑に曲がりくねっていて、入江自体も三方を標高数百メルテの山に囲まれている。存在を知らなければ、偶然発見する事もなさそうな場所だ。


「どうする? あの村にも変な決まりがあったら」


『今まで以上に変な決まりなどあろうものか』


「たとえば……食事は逆立ちして食えとか言われたら」


『レオンの帽子が脱げてしまうな』


「いや、そういう事じゃないんだけど」


 隣村から幅数百メルテ程の浅い海峡を泳いで渡り、険しい崖を超え、真っすぐに歩けない鬱蒼とした森を抜け、山を登って下って3日。

 とにかく休める場所が欲しかったレオンは、駆け足で山の斜面を下り始めた。





 * * * * * * * * *





「ごめんください、あの……」


「うわ、あんた他所者け? どごから来た? 常識のねえやづだな」


「北東の村から歩いて……ちょっと泳ぎました」


「へえっ! そりゃまたお疲れさんなごと」


 30代くらいの前掛けをした女性が、面倒くさそうな応対もほどほどに去っていく。


 レオンは着ているローブの袖をつまみ、臭いを嗅ぐ。道中では着ておらず、汚れてもいない。下りてくる前に羽織っただけだが、何かまずかったのかと首を傾げる。


「帽子がまずかったのかな」


『何が悪いのか聞いた方が早かった』


 狭い低地に百軒はありそうな石積みの家々、町の奥の斜面には牧場や畑が見える。斜面を下って港に着くと、突然現れたレオンに皆が驚く。


「どうやら町の外からの訪問者は滅多にいないみたいだ」


『吾輩は猫のフリをしていた方が良いか』


「どういう町か全くわからないから、反応次第ってとこかな」


『ふむ……そろそろ魔族の村とやらに辿り着かぬものか。猫のフリはなかなか苦労するのだ』


「苦労をかけるね、少し我慢してよ」


 喋らずにいるだけで済むというのに、レオンはジェイソンを労り、腕に抱いて撫でてやる。町に目をやると特に繁華街のようなものはなく、港には待合所もない。


 レオンは嫌な予感がしていた。訪問者を想定していない町や村には、当然のように宿がない。貨幣文化が根付いていない場所では食堂もない。


 清流でベタつく海水を洗い流したのは2日前。そろそろ汗を流し、洗濯もしたいと思ったレオンは、風呂を使わせてもらえないかと交渉を始めた。


「ごめんください、どこかで休ませてもらえないでしょうか」


「へえっ、ったく他所もんは常識ねえかんな、どこさでも行って休めばいいっぺよ」


「あー……」


「ほら、そこさ魚獲りの小屋あっから。他所もんなら仕方ね、婆っちゃにごめんして座らしてもらえ。ったく、他所もんはなーんにも知らねえんだがら」


「あ、有難うございました」


 50代ほどの女性に頭を下げ、レオンはまた自身の恰好を振り返る。

 旅を始めてから6年。今までの町や村でも同じ格好をしていたが、常識がないと言われたのは初めてだった。


「……言葉遣い、気を付けてるよね」


『人族ごときに気遣うには度が過ぎるくらいだ』


「態度も、服装も……今までと特に変わらないよね」


『帽子がまずかったか』


「次は何が常識ないのか聞いてみるよ」


 レオンは港の隅にある粗末な小屋へと向かい、今度こそ常識的にと気を付けて小屋の入り口の壁を軽く2回ノックした。

 扉は開いているが、いきなり声を掛けるのが駄目なのかと考えたからだ。


「ごめんください。旅をしているのですが、中で休ませてもらえませんか」


「んあ? だあれだ、じょすきのねえ」


「あの、他所者です」


「よそ? ったく、じょすきのねえぼんずだこと」


 小屋の中に座っていた老婆の1人がゆっくりと立ち上がり、入り口まで出てきた。

 老婆からはレオンが見えていなかったはずだから、レオンはその時点で身なりではなく尋ね方が悪かったのだと理解した。


「んまあ、ひどなづっこい顔して。なして婆さ声かけるだか。他所もんはろぐすっぽ分がらねえ」


「あのー、皆さんに話しかけると必ず常識がないと言われるんです。なぜでしょう」


 レオンは思い切って老婆に自分の至らない点を尋ねた。


「あぁ? 結婚さすでる女っこに声ば掛けて、旦那が見でたら蹴たぐられるど」


「あー……結婚していらっしゃる方は、旦那さん以外と喋っちゃ駄目なんですか」


「はんっ、じょすきじゃて」


 レオンが話しかけたのはいずれも女性だった。彼女達は、結婚している女に話しかける行為を常識がないと言っていたのだ。


 他所ではそのような事を言われたことがない。レオンは困惑していた。


「あー……お婆さんは、ご結婚は」


「旦那は死んだ。そっちの婆っちゃは旦那がおるで、話すでくれるなよ」


「はぁ……あの、それで、この町に宿はありませんか」


「宿? 何じゃ」


「他所から来た人が泊まる……滞在できる家はありませんか」


 この町には宿の概念もなかった。レオンはとんでもない所に来てしまったとため息をつく。


「あー、年に2度、他所から物売りが来るで、そいつらが建てた小屋さ行け。この裏にあっから」


「有難うございます。えっと、その小屋にはお風呂なんかもありますか」


 風呂と聞いて老婆が驚く。生まれ育ったピッピラのように風呂がないのか。であれば川の水で体を洗い、洗濯するしかない。

 そんな事を考えていると、老婆が突然怒り始めた。


「こんな婆っこに色掛けるじょすきナシがどごさいる! 馬鹿にするのもたいがいにすれ!」


「えっ、ええ……?」

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