嘘つきの町にて-10
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「いやよ! 誰か、助けて!」
「おい放せよ! チクショウ!」
「あはは、畜生が名乗ってる」
5日後、港には他の大陸から商人が駆けつけていた。レオンが人材あっせん業者へ手紙を書き、それを蒸気船に乗る商人に渡した所、受け取った業者が数人応じてくれたのだ。
「客に所有権までは持たせないって事でいいんだな? あくまでも借金のカタって事で」
「ええ、問題ありません」
「所有権まで持たせりゃ、もっと高く売れるだろうに」
「今回は窃盗、脅迫、暴行、詐欺ですからね。5~10年苦しむくらいが相応かなと」
「懲役より長いだろ……まあ、優しいこって。じゃ、鑑定しますかね」
あっせん業者達は、手枷足枷で直立した10人の顔色、体格、それらを隅から隅まで調べ始める。
レオンは自信を持っていた。少しでも商品価値が上がるよう、精一杯努力したからだ。
全員の口に無理矢理でも飯を押し込み、水攻めに近い入浴を強要して清潔にさせた。夜には真っ暗な監禁部屋に押し込み、しっかり睡眠を取れる環境を整えた。
折れた骨や腫れた顔や痣はどうしようもなかったが、レオンなりに精一杯手を掛けた自慢の商品だ。
「さすがに健康状態は良いな。女はちょっと歳がいってるが、娼婦で無理なら召使いでも奴隷でも。25金貨ってところか。商船にそのまま売って、船員の欲求不満解消に使ってもいいな」
「うーん、うちは男を3人買おう。出来るだけガタイが良い奴がいい、炭鉱夫は引く手数多なんだ。着く頃には骨もくっつくだろ、3人で60金貨でどうだい」
「どいつも若いが、力が無さそうな奴をどうするか。労働力にならねえとうちじゃ引き取れねえ。ちょっと待ってくれよ……」
「うちはそっちの若い男を。ヒョロっとしていて働かせるには難ありだが、顔はいい。これなら男娼として金持ちが高く買ってくれる。そういう奴は女より需要があるんだ、30金貨出せるぞ」
金持ちの金銭感覚や倫理観は、庶民ではおおよそ理解できないものだ。
正規の許可を得た人材あっせん業者から、正当に手に入れられる者は限られている。そのため、自分が好きなように出来る者を手に入れる事は一種のステータスなのだ。
また、鉱山などの重労働で使い捨て出来る人材も貴重だ。少々難があっても買い手が付くため、安値で良ければ大抵は売れる。
たとえ10金払ったとしても、正規に雇う労働者よりは格段に安上がり。本来なら1年でも持ち堪えたらお釣りがくるくらいだ。
もちろん、その金額分働いたからと言っても、経費、宿泊費、食費などを差し引くため、毎月返せるのは銀貨10枚(銀貨100枚=金貨1枚)がせいぜい。
年間で金貨1枚か2枚分、簡単には解放して貰えないのが通常だ。
周囲に町や村はなく、脱走も困難。監禁状態で食事どころか、毛布や水を使うにも銅貨数枚(銀貨1枚=銅貨10枚)要求される過酷な生活。それでも必死に働けば日の当たる場所に戻れる。
対して、これまでレオンが更に高額で売り渡し飛ばした者達は、死ぬまでこき使われる事だろう。そのような者は労働者として迎え入れられたのではなく、鉱山などの「所有物」となっているからだ。
「そんな! 娼婦だなんて……いやよ、いやぁぁぁ!」
「需要がある前提で嫌がってんじゃねえよ。安心しろ、召使いか奴隷になれる可能性の方が高い」
「いやぁぁぁ! 許してええぇ!」
「しゃ、借金してでも払う! 頼む、売り飛ばすのは考え直してくれ!」
「ならず者の言葉を信じると思うかい。信じるに値する事を何か自発的にやったかい」
「ひとでなしはあんたよ! 獣人族なんて皆死ね!」
ボスだった女が恐ろしい形相でレオンを責め立てる。女を買った商人は「こりゃ使えねえ、どうしたもんか」と、早くも後悔しているようだ。
「すまねえ、この女は駄目だ、慰みものにしても客に迷惑を掛けそうだ。返品してもいいか? もう少し若くて綺麗か、おとなしく召使いとして勤めあげる器量がありゃいいんだが」
「そうですか……うーん、困ったな。世話してやったのにこいつら全然金にならない。400金分は既に払ったからいいとしても、おれが手出しした150金貨分が戻って来るかも怪しいな」
ひとでなしとはいえ人殺しではないため、レオンは死ぬまで働かせる契約での譲渡も、内臓を売ることも考えていない。一応は相応の罰を考えて売り渡す事にしている。
とはいえ、今回の盗賊の被害者が多過ぎた。残りの男も5人まとめて50金、女が売れなければレオンは儲けなしどころか大赤字だ。
「貯め込んでいる宝石や骨董品は、出来れば持ち主が現れる可能性を考えて残したいんだけど……」
町の保管庫に残し、10年間持ち主が現れなければ、半分は町に、半分はレオンが貰う事になっている。
町長達も、さすがに獣人族から預かったものをちょろまかす勇気はなかった。賄賂がなければ動かなかった治安維持隊も、今後は働かざるをえないだろう。
5年後、10年後、返品リストの改ざんが見つかればどうなるか。ホテル前での騒動は大勢が見ている。
『時には金にならぬ時もあるだろう。ならず者は減った、意義はあろう』
「まあ、そうだけど。お金には困ってないから、幾ら持っていようが関係ないと思う事にするよ。どんなに貯めてもどんなに願っても、ご主人が生き返る訳でもないからね」
レオンはため息をつき、女の売却を諦めた。とはいえ、町の者達による私刑はさすがに認められない。
野晒しで巨大鳥の餌にするには罪が軽い。
どうしたものかと悩むレオンの様子を見て、まだ1人も買っていない業者が言い難そうに耳打ちした。
「こりゃあ、あまり大きな声では言えないんですがね」
「ん?」
「魔族の里ってもんがあるんですよ。獣人族と同じく、魔族も普段は人族と関わらないんで、知らない奴が殆どなんですがね」
『魔族の里? 吾輩の同志に集落を築いている者がおるのか』
「ええ。彼らは基本的に自給自足の生活をしていますが、人族の便利な道具を手にするため、時折交易をしているのです」
魔族は人族を下等な生物だと認識している。しかし、獣人族の敵にはなりたくないため、通常なら人族を傷つけるような真似はしない。
魔族はその能力を用いて些細な怪我や病を治したり、薬を売って金を得ている。一部では祈祷師だともてはやされ、神の化身だ、神そのものだと崇められているくらいだ。
「普段はおとなしい彼らも、常に残虐な欲望を抱いています。獣人族の敵にならない手段で人族が手に入るなら、喜んで金を出すでしょう。なに、レオンさんが殺さぬように一言添えたなら、命までは取りません」
「へえ、それは良い事をきいた! ぜひそうして下さい」
「ただ、さすがに魔族は大金を持っていないので……」
「いいですよ、任せます。ああよかった、これでならず者にちゃんと罰を与えられる」
「解放されるまでにちょっとした傷や、内臓の損傷くらいはあるかもしれません」
「生きていれば問題ないです」
レオンは商人から10金貨紙幣を受け取り、「殺さぬ程度に可愛がって欲しい」と一筆添えたお手製の譲渡証を託す。他の商人も、売れなかったら魔族に相談すると言い出す始末。
「さあ、高く売れてくれよ? ほら行くぞ」
「いやぁぁ! いやぁ……ふぅぅ、ふうぅー!」
『案ずるな、我らは獣人族との誓いは違わぬ。恐怖し、逃げまどい、疲れ果て絶望し、傷つき諦める姿を楽しむだけだ』
「悪かった! 奴隷にだけはなりた……んー、んーっ!」
猿ぐつわを装着させられ、「晴れて奴隷の身となった」悪党達が船に積み込まれていく。見物している町の者達は容赦ないレオンの行動に肝を冷やし、あんな目に遭うのはごめんだと両腕をさする。
「じゃあ、おれも次の町に行くとします。みなさん、ならず者に戻らないよう気を付けて」
「は、はい!」
レオンは見送りに来てくれた老婆に軽く会釈した後、子供達の頭を優しく撫で、正しい者になれよと念押しする。
「ばいばい、おにいちゃん」
「ばいばい」
「こんな所、もう二度と来なくていい。あたしらの事など忘れてさっさとエーテルとやらに行きな」
「うん、そういう嘘は嫌いじゃない。元気でね、お婆さん」
レオンはエーテル村を探すため、西のマーフィー大陸へ向かう蒸気船に乗り込む。
小さな客室で荷物を下ろした時、ふとレオンの頭に疑問が浮かんだ。
「エーテル村を知らないって言ってたの、嘘じゃない……よな?」




