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ご主人-02



* * * * * * * * *




「今日も可愛い料とってんの?」


「あ、きのうのおきゃくのひと」


 翌日の朝。その日も乾いた砂の町を照らす太陽は容赦がなかった。


 この日に旅立とうとしていた女は、夜のうちに洗った白いローブを着て直射日光を避けつつ、次の町を目指そうとキャラバンの詰所を目指していた。


 昨日と変わらない商い通りは、やはり朝から活気があり騒々しい。


 女が出来るだけ物乞いされないよう視線を落としながら歩いていると、昨日と同じ場所に座っている少年に気が付いた。


 服装は昨日と同じ、並べられた商品もなし。肝心のジェイソンは香箱座りで就寝中。女は1度会話したからか、無視する事も出来ずにまた立ち止まる。


 ただ、1つだけ昨日と違う部分があった。


「靴は」


「無いなった」


「盗まれたのかな」


「うん」


 レオンは悲しそうに耳を垂らし、膝に乗っていたジェイソンをぎゅっと抱きしめた。顔は見えないが、今日は無数の黒猫の気配がレオンのすぐそばに、まるで寄り添うように漂っている。


「……ご飯は食べた?」


「足りんち言われたけん、買えんかった。外でビヨル獲って食べた」


「もしかして、昨日のお客は私1人だった? お金、全然持ってないの?」


「うん」


 ビヨルとは何なのかは置いておくとして、こんな幼い子供が危険な荒野で何を捕まえたのか。女はとうとう見捨てる事が出来ず、レオンが座っているボロ布の上へと腰を下ろした。


「休憩させてくれるなら、休憩料を払う。少しお喋りしない?」


「いいよ、休憩やさんする」


「今日のジェイソンの可愛い料も払う」


「おきゃくのひと、お買いやげありがと!」


 レオンは銅貨では足りなかった事に対し、女を責める事もない。


 女はあまりにも無知で純粋なレオンに対し色々尋ねたかったが、まずは自らの事を語り始めた。見知らぬ者に素性を話せなどと言っても身構えるだけだと思ったのだ。


「だいきん、見つかったと? だいきん買えた?」


「代金ってのは、お値段のことよ。可愛い料はおいくらかなって」


「おいくらはおかねのことやね! んー、分からん、おれあんま知らんけ」


 女はレオンにほんの少しの常識も教えてあげた。なんとレオンはお金の価値を知らず、お金に種類がある事も昨日初めて知ったという。


 おかね屋さんというものが存在しない事も知り、ひどく驚いてもいた。


 会話するうち、レオンの表情も柔らかくなっていく。幾分警戒心も薄れていた。


「じゃあ、おきゃくのひとはおうち帰りたいと?」


「うん、生まれ育った故郷エーテルに帰りたいの」


「そーなん」


 レオンは女の語りを最後まで行儀よく聞き、分からないなりに一生懸命親身になろうと考えた。そっけない反応に聞こえたが、それはどう慰めていいのか分からず、かといって余計な事も言えなかったからだ。


 無知でも頭の回転は速かった。


「そのおかね持ちのひと、好かんかったと?」


「まあ、そうね。意地悪だったし、元々は騙されて下働きさせられていたから嫌いだな」


「性根のわるいならずもの、許されんのばい。だますのはだめやけん、罰をせんといけん」


「いいよ、今頃きっと苦しんでるから。人を裏切り続けておいて、自分が裏切られる事を考えてないなんてほんとに滑稽だった」


「こっけい? 何それ」


「ざまあみろってこと」


 女はかつて横暴な金持ちの召使いだった。


 金持ちは何かと言いがかりをつけて大勢を強引に働かせていたという。だが、とある男がスパイとして入ってきて実態を暴き、金持ちの信用を失墜させたのだ。


 そのため召使い達を故郷に帰してやれと周囲から非難され、商いの取引先も逃げていき、とうとう没落してしまった。金しか取り柄がなかった男が金を失えば、当然魅力も権力も何もなくなる。


 結局誰も味方に付かず、召使いも残らなかった。


「というわけで、悪い人には気を付けて。いい所に連れて行ってあげるとか、怪しげな声を掛けてくるおじさんがうろついているそうよ。気を付けて」


「ならずものなん? おばさんやったらいいと?」


「おばさんでも駄目。というわけで、私は今日この町から出発する。元気でね」


「えーてる、1人で帰るん?」


「体の調子も悪いし、どこまで行けるか分からないけど。少しでも近づいてみせる」


 レオンはしばらく俯いていたが、女に力強く頷いた。


「おかえりなさいっち言ってくれる人がおるんやったら、その方がいいと思う。帰れるところがある人は、帰った方がいいっち、おれ思うよ」


「君は……」


 誰か帰りを待っている人はいないのか。女はその言葉を投げかける事が出来なかった。

 レオンの言葉に含まれる「帰りを待っている人」といった意味合いの人物はいないと思ったからだ。


「君は、この町でこれからも暮らすのかな」


「んー、分からん。村に帰られんし」


「やっぱりこの町で生まれたわけではないんだね。村はここから遠いのかな」


「んー、けっこう歩いた。ピッピラは山の中やけん。森を出るのにいっぱい歩いた」


 少なくともこの町の周囲100キルテ(1キルテ=約1キロメートル)圏内に山深い地形はない。一体どれほど歩いたのか。

 女はピッピラという村に聞き覚えがなかったが、狐人族の村は山奥だと聞いた事はあった。


「でもここよりもう少しいい場所があると思うよ」


「どこ? 他のとこ、お店するのにおかねいるんやろ?」


「他の町や村に行かないのかって事」


「おれ他のとこ、知らん。どこにあると?」


 レオンは山奥から出て来た。外の世界を知らず、地図など勿論持っていない。獣人族に誕生日という概念はなく、周囲の子との比較で7,8歳であろう事が分かるくらいだ。


 乏しい知識と経験で思いついたのが、むしろを敷いて座り、猫を見せて金を取る事。

 町の者が猫に「可愛いね」と言って餌をやっている事で、これだ! と閃いた「ジェイソンが可愛い屋さん」だ。


 そんな子供がどこの町にいようと金など稼げない。ただ、町によっては孤児院だってあり、ここよりマシな暮らしが出来るかもしれない。


 女は好奇心と情が湧き、レオンにチャンスを与えたくなった。


「じゃあ、連れてってあげる。もっといい場所で、ご飯いっぱい食べさせてくれて、勉強もさせてくれる所がある。あー……でもこれじゃ、さっき忠告したのと同じね。怪しい誘いに聞こえちゃうかな」


「あやしくさそうならずものなん? おれおかねないけん、何も買えんばい」


「あやし……コホン。悪者じゃないけど、こればっかりは信じて貰えないとどうしようもないわね。ああ、お金は取らないから大丈夫」


「んー」


 レオンは見知らぬ土地に行くメリットが思い浮かばず、あまり乗り気ではない。お金をどこで稼ぐか、どこで生活するかが重要だとは思っていないのだ。


 当たり前だろう。レオンは故郷とこの町しか知らないのだから。


「そうね、じゃあ……そこまで私が旅する荷物、持つお仕事ってのはどう? 報酬はお金とレオンくんの宿代とご飯、後は……服と靴ね。ジェイソン、君の食べ物も」


「ごはん! おれ荷物持つやさんする!」


 女の提案に、レオンの目が輝いた。心なしか、ジェイソンの目も輝いて見える。


「えっ」


 その瞬間、なんとジェイソンが増えた。

 増えて見える、ではない。間違いなく、はっきりと、20匹ほどになったのだ。


「ジェイソンが、嬉しいっち!」


「あ、いや、何で増えてるの? どういうこと?」


「嬉しいけん、増えとると」


「あ、あー……そういうことじゃないんだけど」


 レオンは当然のような顔で首を傾げる。レオンにとって、ジェイソンは喜ぶと増えるものなのだ。


「ジェイソンが怒っとらんけん、おきゃくのひとならずものやないね」


「ならず者かどうか、分かるの?」


「おれは分からんけど、ジェイソンは分かる。大丈夫やないならずものの時は怒る」


「大丈夫なならず者……なんているんだっけ」


 増える猫ちゃん。悪人を嗅ぎ分ける猫ちゃん。女はそんな生き物を見聞きしたことがなく、ジェイソンが精霊である事を確信した。


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