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誠実に丁寧に、真心込めて復讐代行。【レオンの怨返し】―LEON SEEKS VENGEANCE―  作者: 桜良 壽ノ丞
【さようならの時】

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さようならの時-08



 レオンは部屋に戻って外出着に着替え、すぐにロビーへと下りてきた。早速今からならず者を成敗しに行くつもりだ。


「え、今から行くんですか?」


「待っとったらまた殴られるやん。ニルファルのひとはそれでもいいか知らんけど、タシュのひととローラのひとはどうするん」


「でも、も、もう時間も遅いし」


『貴様は夫が怖いのだな』


「え? それは、まあ、はい……」


 ニルファルは息子達にせがまれ、勇気を出してレオンを尋ねて来た。しかし、告げ口をしたと分かれば夫がどんな癇癪を起こすか。

 レオン達が改心させたとしても、その場限りかもしれない。逆恨みでもっとひどい折檻が始まる可能性もある。それが怖かったのだ。


「なし、そんな怖いならずものと一緒におると?」


「この子達を養うには、夫に働いてもらわないと」


「おれのご主人、女やった。結婚しとらんけど、おれのこと面倒見て育てた。おれ立派になった。ニルファルのひとがお金稼げばいいやん」


「でも、夫が許さないし……」


「仕事っち、ゆるしてもらうことなん? じゃあ夫のひとがおらんやったら働けるやん。なし一緒におると」


 夫に逆らえばひどい目に遭う。その思考がニルファルの逃げ道を塞いでいた。


『金を稼げるだけの男など、その辺に掃いて捨てる程おるだろう。なぜそいつと共に生きる必要がある』


「こ、子供達の親、だから」


『おいガキ共、父親が必要か。母や自身を殴り続けてきた男を慕うつもりがあるか』


 タシュは母親を気にして一瞬躊躇ったが、はっきりと首を横に振った。ローラもお父さん嫌いと言ってタシュの後ろに隠れる。


『子供達は要らぬと言っておるぞ。貴様がそれでも従いたいのなら、貴様は子供にとっての悪者だ。次にガキ共が夫に殴られる事があれば、それは貴様のせいだな』


「なんで一緒におりたいと? じゃあニルファルのひとが一緒おりたいけん、ちいさいひとに我慢しっち言わないけんよね」


『自身を殴りつけるような愚か者に愛や情を持ち、縋りついて生きていくなど、吾輩には考えられぬ愚行だがな』


 子供達が父親なんて必要ないと言ってしまえば、子供のために離婚しないと言えないくなる。

 金を稼ぐことなど夫婦どちらがしてもいいと言えば、金のためとも言えなくなる。


「ふ、夫婦になったのだから」


 ニルファルの「でもでも、だって」な姿勢に、レオンもジェイソンも少々苛立っていた。


『変わらねばならぬのは、貴様の夫ではなく貴様自身だな。我が子が殴られたなら、抱えてでも遠くに逃げるのが母親ではないのか』


「おれ、どうしたらいいと。ごめんなさいもうしませんっち言わせるだけなん?」


「……夫が改心するかも、しれないから」


 レオンは小さく、そしてわざとらしくため息をつく。


「おれ、ニルファルのひとみたいなのがご主人やないで良かったー」


 レオンの言葉がニルファルの心を抉る。ニルファル自身も情けないとは思っていたのだ。しかし離れることが出来ない。これまでも本当は良い人だなどと理由をつけ、周囲の忠告も聞かなかった。


 今回だって、子供がレオンにお願いしようと強くせがむので、仕方なく来ただけだった。


 夜の路地を歩き、しばらく進んでいくと、粗末な家が立ち並ぶ地区になった。石畳にレンガ造りの街並みで生活するのは中流家庭。ニルファル達は下流だった。


「ここ」


 タシュが指さしたのは、周囲よりいっそうボロボロな1軒だった。玄関扉は蝶番が外れ、窓ガラスの代わりに木板がはめ込まれている。


 レオンは特に緊張するでもなく、壊れかけの扉を押し開けた。


「夫のひとか。……くさい」


「あ? 誰だお前。人んちに入って来て何を……」


 家の中は酒の臭いが充満している。痩せぎすで茶色い髪はボサボサ、酔って顔が真っ赤な男がそこにいた。

 男の目は据わっている。呂律も怪しく、レオンの後ろに立つニルファルに気付いた途端、酒瓶を壁に投げつけて立ち上がった。


「お前、こんな時間までどこに行ってやがった! 飯の準備は!」


「ご、ごめんなさい、す、すぐに」


「ニルファルのひと、いいけ黙っとき。邪魔やけ外出とって」


 すぐに従おうとするニルファルを外に追い出すと、ニルファルの夫はすぐにその後を追おうとする。


「待ちやがれ! どこに行く! ガキ共はどこいった!」


 扉付近で足を止めて従おうとするニルファルに、夫は容赦なく掴みかかる。タシュは足がすくみ、ローラは泣き出してしまった。


「誰のおかげで暮らせてると思ってんだ!」


 周囲の家々からは誰も出て来ない。おそらくいつもの事で、夫を止めても無意味なのだろう。ニルファルも離れようとしないのだから、もうどうしようもない。


 早い話が、この家族の事は周囲も諦め、見放しているという事だ。


「おまえ、ならずものだ」


「あ? なんだこの耳付き。てめえ旦那ほっぽり出して浮浪児連れ帰って来やがったか!」


「マディ、ご、ごめんな……」


 力強い味方がいても、恐怖が先行してしまう。

 そんなニルファルに夫であるマディの拳が繰り出された時、レオンはマディをならず者認定した。


 レオンは自慢の脚力で飛び上がり、マディの左側頭部を思い切り蹴り上げた。

 一瞬なんの衝撃だったのか理解できずにいたが、レオンの着地を見てマディの怒りがこみあげてくる。


「いっ……なんだこのガキ!」


「おまえならずものやけん、始末する。ニルファルのひとはごめんなさいさせるっち言ったけど、お前はだめなやつ、謝りきらん、謝るのうりょくない」


「あ?」


 大声で威嚇すれば、レオンが怯むとでも思ったのか。レオンは煩いと言う代わりにめんどくさそうに頭の耳を折るように塞ぐ。


「おまえ、弱いやつにしか強がれんやつ」


「なんだとこのガ」


 マディは言葉を最後まで紡ぐことが出来なかった。レオンの容赦ない殴打が左頬を抉ったからだ。


「ぶぐっ」


 大の大人が数メルテ吹き飛んで倒れた。まさかの事態にマディは動揺し、酔いも冷めてしまった。


「へっ、ふぇ?」


「タシュのひとのあざ、ローラのひとのあざ、おまえのしわざか」


「ひっ」


「おまえのしわざかっち、聞きよると」


 そう言うと、レオンは容赦なくマディの腹を殴った。マディが飲んだ酒を吐きながら蹲る。


「おまえのしわざかっち、聞いた」


「は、はい……」


「ニルファルのひとのあざも、おまえのしわざか」


「は、はい」


「おれ、おまえが二度と悪いことできんようにしにきた。しごとやけん、ちゃんとする」


 レオンは男の髪を掴んで頭を持ち上げ、顎下にアッパーを入れた。


 後ろではニルファルが泣き叫び、マディにごめんなさいと繰り返している。この期に及んで、まだマディの洗脳が解けていない。共依存とでも言うべきか。

 ニルファルはレオンを止めようと手を伸ばす。タシュとローラが必死に止めていた。


「おまえ、だれのおかげで生きていけとるか分かっとるか」


「ぐはっ……」


「ニルファルのひとがごはんつくって、小さいひと育てて、そうじとか全部しとるけん、少ない金稼ぐだけで偉そうにしとられる」


 レオンは四つん這いになろうとするマディの腕を蹴り、頭を踏みつける。


「おまえができんこと、ニルファルのひとがしよるけん、おまえ仕事とあそびばっかしとられる。おまえよりお金稼げて、おまえより偉いやつ、いっぱいおる」


 レオンの言葉がマディのなけなしの自尊心を削っていく。


「おまえがおれより弱いとこ、みんな見とるよ。威張って怖そうにしとっても、おまえが弱いのみんな分かった」


『どうする、あまり健康ではなさそうだぞ。内臓は高く売れぬだろう。こんなゴミもどき、さっさとトドメを刺すが良い』


「おまえ、ニルファルのひとと小さいひとに、どうやって償うんか言え」


 マディはレオンに怯える一方、まだニルファルや子供達には睨みを利かせている。これが終われば、いっそう当たり散らすだろう。


「なし睨みよるん。おまえ反省しとらんな。ニルファルのひと、こいつ何も悪いと思っとらんよ。それでもこいつが要ると?」


 血と涙と吐瀉物でドロドロになったマディが、ニルファルに俺を助けろと告げる。その時やっとニルファルの涙が止まった。


「私、こんな、みっともない奴に……今まで従ってたんだ」

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