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ご主人‐01




―――7年前




「へいっ、いらっしゃい! 旅人さん、何でも揃ってるよ!」


「へいいらっしゃい~、いらっしゃい!」


 ここは砂漠が広がる大陸内部の小さな町。

 交通の要所でもあり、過酷な環境の割には各地への中継地として賑わっている。


 1000年ほど前、世界の国という単位が正常に機能していた頃、世界は共通言語を使用するようになった。その際には通貨や単位も統一され、人や物は世界の隅々まで飛び交うようになった。


 しかし天変地異や戦争が繰り返し起き、今や世界中の多くの国は崩壊状態。かろうじて中央政府が存続しているものの、統治出来ているとは言い難い。

 領内の町や村は、数百年前から自治が当たり前となっていた。


「今週の塩と海藻が届いたよ! 売り切れ御免、早い者勝ちだー!」


「あたしら地元民が先だよ、旅の人は他所で買いな!」


「オレは倍の金額で買う! 貧乏人は黙ってろ!」


「並べ! ウチにゃあ無法モンに売る塩はねえ!」


 各地のルールにさえ気を付けていれば、今でも言葉や通貨で困る事はない。

 若干の訛りなどはあるものの、商人や旅人がそれを気にすることはなかった。


「へいらしゃい屋さんいっぱいあるね、ジェイソン。……へいらしゃいっち何やろ」


「……」


「おれね、たぶんね、野菜とおもう」


 そんな町の喧騒に幼い子供の珍妙な声も混じる中、とある一角では旅人の女が露店を回っていた。


 その恰好は日差しに耐えるための白いフードにマント、丈夫な厚手の革靴、大きなバックパック。歩いているのは日干しレンガの家々が立ち並び、赤や青の日よけのオーニングが重なり合う商店通りだ。


「ん~、保存食を露店で安く買おうと考えるのがそもそも間違いだったか」


 並べられている商品は根菜や麦、反物、使途不明な箱や骨董品まで様々だ。ただ、目当てのものはなかったらしい。


「暑さでやられない食べ物……って、やっぱこうなるか。干物生活はもう飽きたんだけどなあー」


 女は干し肉やドライフルーツなどの買い物を済ませ、混雑している通りを避け路地に入ろうとする。

 その曲がり角、軒もオーニングもない炎天下に、珍しい獣人族の少年があぐらをかいて座っていた。


 浮浪者、乞食、呼び方は様々だが、彼もその類の1人なのか。それとも満面の笑みで店の並びに座っているからには、何かを売っているのか。


 獣人族は少々特殊な存在であり、なかなか近寄る者はいない。女も躊躇ったものの、興味の方が勝ったようだ。


「えっと……君はいったい、何を売ってるの?」


「あっ、おきゃくのひと来た!」


 褐色の肌に飴色の髪、狐の耳とフサフサの尻尾。7,8歳程度だろうか。


 あどけなさの残る子供が、一体何を売っているのか。旅人はニコニコして客を待つ少年の店の前に立ったのだが。


「ねえ、おねいさんのひとは、おきゃくのひと?」


「って事は何かを売ってるのね?」


「うん! ジェイソンがかわいいけん、かわいいのおかねもらいよると!」


 言葉に訛りのある少年が座るボロ布の上には……何も置かれていない。


「かわいい……可愛い料って事?」


「ん? なんか食べんと、おなかがすくけんね」


「ジェイソンってのは君の名前? 可愛がる……え、まさかその歳で……体を売ってるんじゃ、ない、よね」


「体? おれ元気ばい、きたえられとるけん、お手伝いとくい。狩りとかする」


「ん? あれ? 君の名前は? ジェイソンは誰」


「おれ、レオン! ジェイソンはこいつ」


 ジェイソンと呼ばれたのは、少年レオンにピッタリと寄り添った黒猫だった。


 ジェイソンが可愛いから見物料をくれ。


 女はようやく少年の話を理解し、ただの物乞いかと苦笑した。おまけに黒猫ジェイソンは愛想を振りまく様子もない。目を逸らし、面倒くさそうに座り直しただけだ。


「まあ、可愛いけど」


「じゃあかわいいのおかね、ちょうだい!」


 レオンはキラキラと目を輝かせ、満面の笑みで左手を差し出す。

 その左目の瞳は金、右目は青。それもなかなかに珍しい。


 だが肝心の黒猫はさほど珍しくもない上に、ジェイソンは媚びない。


 そもそも物乞いだって珍しくなく、女はこの町でもう10人以上から恵んでくれと縋られた。

 その誰もが「いかに自分が可哀想な境遇か、どれだけ腹が減っているか」を訴えてきた。


 可哀想だと思われるための努力をする暇があるなら働け。女は何度そう言いかけた事か。ただ目の前にいるレオンはどうにも様子が違う。レオンはあくまでも商売をしているつもりらしい。


「狐人族の子なんて、悪い人に見つかったら大変……いつからお店してるの?」


「んとね、さっき座ったとこ!」


「それまでは? おうちの人は?」


「おかねないと何もやられんち言われたけん、お店しよると。おうちのひとは、おうち屋さんしよるんやない? おれおうち屋さんしてない」


「あー……おうちって、あなたはどこに住んでいるのですかって意味」


「おれどこにも住んどらんよ?」


 子供らしい短パンを履いているのはいいとして、明らかに大き過ぎるタンクトップは、穴があちこちに開いてボロボロ。脇に置いている靴は、靴底が外れたのか紐でぐるぐる巻きだ。


 服装は一般的な物乞いか、それ以下と言える。おまけに家がないなら浮浪児で間違いないのだが……当の本人は本気で商売人と肩を並べているつもりでいる。


 レオンのすべてが噛み合っていないため、女は混乱していた。


 挙句、状況を悲観する事もなく、かわいそう料ではなくかわいい料をくれと言う始末。


「おきゃくの人なる?」


「あ、いや、代金は幾らなの?」


「だいきん? いくら? おれだいきん売りよらん」


「えっ?」


「おれ見たことないけど、ほかの店はあるかも」


「幾らっていうのは、お金はどれくらい必要ですかって意味よ」


 レオンは代金という言葉も知らなかった。


 じゃあ可愛い料は一体幾らなのか。きっとお釣りの概念もないだろう。

 女が新手の物乞いに困惑していると、ふと背後に気配を感じた。


「なっ!? ……にも、いない」


 女は眉間に皺を寄せつつ再びレオンへと視線を戻す。

 その時、女は目をこすってレオンの背後を二度見した。


 その目には複数のジェイソンが見えていた。

 物陰から耳だけ、尻尾だけ、後ろ向き……見え方は色々だが、とにかく黒猫がレオンの周囲に集まっている。


「ジェイソン以外にも黒猫を連れているの?」


 物乞いがペットを連れている事はよくあるが、無知で金もないレオンが猫を養えるとは思えない。

 女が困惑している事などお構いなしのレオンは、不思議そうに首を傾げる。


「ジェイソンだけばい」


「いや、他の猫は?」


「ジェイソンしかおらんち言いよるやん」


「あ、ああ、ごめん」


「ちょっと増えるだけ」


「……え?」


 レオンが当たり前のように言うので、女は何も言えなかった。レオンにとってジェイソンは増えて当然なのだろう。女が疑問を投げかける隙もない。


「猫じゃなくて、もしかして獣人族の精霊なのかな……精霊持ちは珍しいと聞くけど」


「ねえねえおきゃくのひと。だいきん探しよると? おれがだいきん一緒に探しちゃろうか?」


「あっ、えっと」


 女はふと小銭を取り出そうとしていた事を思い出した。ついでに代金という言葉の意味も教えてやろうかと思ったが、やめておく事にした。


 物乞いに知識や物を恵んでやる程慈悲深くはなく、貯えに余裕もない。旅立ちに可哀想な境遇など聞いてもどうしようもない。深く関わりたくもないからだ。


 召使いや奴隷として売り飛ばすため、子供を連れ去れる悪党は存在する。

 獣人族は人族のルールに縛られないせいで面倒事も多いが、手懐けたなら金持ちは特に興味を示すだろう。


 とはいえ女も旅人であって、決して安泰な身分ではない。おまけに明日には町を離れてしまう。


 善人ぶるのはやめ、女は銅貨(銅貨1枚=おおよそ味なしのパン1つの価値)でもくれてやればいいかと、懐から1枚取り出した。


「これでいいかな?」


「うわあ、お買いやげてくれるん! ありがと!」


「あ、うん……」


「やったなジェイソン、ギギルあったら買ってやるけん!」


「ちょ、ちょっと」


 ギギルとは一体何なのかと尋ねる間もなく、レオンは敷いたボロ布も脱いでいた靴もそのままに走り去ってしまった。その後をジェイソンが追い、心なしかいくつかの影が同じ動きをしたように見える。


「まさか、銅貨1枚ごときであんなにキラキラした目を向けられるとは」


 可愛い料として適正だったかは分からない。ましてやジェイソンは愛想を振りまいていない。

 それでも女はもう少し渡してあげればよかったかと後悔しつつ、その場を後にした。


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