初仕事‐07
「待って、待ってくれミシャ! もう不倫はしない、こいつとも別れる! 一生お前に尽くすから許してくれ!」
「はぁ? 一生あたしに尽くすなんて、裏切らなくても当たり前にする事でしょ。あたしはあんたに尽くし続けて来た。あんたがこれから当然の事をしたって、何の償いにもならないって分からない?」
ドワイトに頼んだ時点で、ミシャはもう旦那のジョーイを許すつもりなどなかった。
ミシャは旦那のために日々の家事をこなし、子育てに奮闘し、義実家の機嫌を取り、義実家仕事を無償で手伝わされても愛を貫いてきた。
しかしその間、ジョーイは別の女を愛していた。旦那の愛はミシャだけのものではないと知り、必死に繋いでいたミシャの気持ちは、プツンと切れてしまったのだ。
周囲の野次馬がうんうんと頷いたり、「あんたは不倫していないでしょうね」と、要らぬ飛び火に繋がっている中、不倫していた女の方がジョーイをキッと睨んだ。
「ちょっと! 私と別れるってどういう事? 奥さんに愛はないから別れて一緒になろうって、言ったよね?」
「アニー、どういう事だ?」
不倫していた女、アニーが旦那の言葉にハッと口をつぐむ。ドワイトが泥沼の争いになりそうだとため息をつく中、ミシャが笑いながらアニーに言い放った。
「あげるわ、そんな奴。結婚した当時は君だけが大切だって言っていたのに、たった数年で気移りするような男よ。今はあなたを好きだとしても、どうせ数年経てば若い女に乗り換える」
「み、ミシャ、俺はお前と別れない! こいつは遊びだった、その、口説き文句みたいなもんなんだ!」
「だから何? 遊びなら問題ないなんて誰が言ったの。本気か本気じゃないかなんて関係ない」
「遊び!? 酷い、私と結婚するって言ったじゃない! わ、私、この男に騙されたのよ! 結婚詐欺よ! 私だって被害者だわ!」
「俺と結婚していながら他の男と結婚を企む? そんなゆるい奴、誰に騙されようと関係ない。俺と別れて乗り換える気なんだろ? どうぞ」
慰謝料として2人それぞれに20金貨紙幣、それが2家庭分。不倫の代償とはいえ、2人は高過ぎると騒ぎ立てる。関係の再構築が無理と分かると、今度はジョーイもアニーも慰謝料の減額を懇願始めた。
その情けない姿にため息をつき、ドワイトへ視線を向けた。
「払えないなどと心配する必要はありませんよ、必ず支払えます」
ドワイトが後方へ視線をやると、そこには人の良さそうな笑みを湛える商人がいる。しかし、その手には表情に似つかわしくない2つの首輪。奴隷商だ。
奴隷商は正規の認可を受けている証明書をしっかりと見せ、自身が合法な奴隷商である事を告げた。
「裏切りならずもの、売り飛ばしてくれる! おかねの心配いらんけ、安心していいばい!」
「ええ。この程度の歳なら、需要はちゃんとあります。必死で働けば、数年で借金を返せますよ? うちは合法ですからね、人攫い共と一緒にされちゃあ困ります。他所よりはマシかと」
「ふ、不倫した事がどうして奴隷商に売られる話になるんだ!? 俺は承諾しない!」
「では、今すぐ全額支払えるんだね? そちらの女も蓄えは十分かな?」
「そ、そんな事急に言われても用意なんて出来ないわ! いいわよ、ジョーイ、あんたが払って」
「何で俺なんだよ! お前に幾ら使ってやったと思ってんだ!」
「金持ちなんだからそれくらい払えるでしょ? あんたが付き合ってって言ったんだから、あんたの責任よ!」
「ちょっと、金持ちってどういう事? まさか、家の金は? 子供のために貯めていたお金まで使いこんだんじゃないでしょうね。使った分は返してもらうから」
言い争いは止まらない。ジョーイとアニーが抵抗する中、レオンの明るい声が響いた。
「こっちー! ならずものの親のひと!」
そこに現れたのは、不倫したジョーイの親。その怒りの形相を見た2人は、顔色が真っ青だ。
「貴様! 親に恥をかかせやがって! 不倫だと? ミシャさんがせっかく嫁に来てくれたってのに」
「急にこのお耳のぼうやが孫ちゃんを連れて来たから、何かと思ったら……こんな働き者のいい奥さんを裏切って……ほんっと、情けない!」
ジョーイの両親は揃って涙目だ。母親にいたっては、ミシャに何度も頭を下げ謝っている。義実家でこき使われていたと言っていたが、ミシャの義両親を見ているとどうも噛み合わない。
「何で俺を責めるんだよ! こんな奴らの言う事を信じるってのか? なあ、コイツとあっちの旦那に慰謝料って言われてんだ、俺……」
「人を平気で裏切る奴なんか俺の息子じゃない! 自分で何とかしろ!」
「そんな……」
ジョーイは当てが外れ、悔しそうに地面を睨む。ミシャはジョーイの両親に慰められながら、思いの丈を語った。
「……子育ても、火事も、あなたの実家の仕事も、何だってあなたのために頑張った。あんたが食費も出し渋るせいでギリギリの生活でも、あたしは頑張った! それでこの仕打ち?」
「そんな節約生活をしていたのなら、かなり貯め込んだのでしょう。もしかして、その金を使い込んだのですか?」
「使い込んだ!? ハァ……じゃあミシャちゃんの給金だけでやりくりしてくれていたのね。このボンクラ息子ったら」
義母の発言に、ミシャが驚いたように顔を上げる。
「えっ!? ちょっと、ちょっと待って下さい、お義母さん! あたし、ちゃんと給金を頂いていたんですか!?」
それに驚いたのはむしろ義両親の方だった。対してジョーイは俯き、存在感を消そうとする。
「どういう事? 毎月必ずジョーイに渡していたわ。まさか、受け取っていないの? えっ、1度も?」
「ジョーイ、どういう事だ」
ジョーイは項垂れ、とうとう全てを自白した。
嫁なのだから無給だと嘘を付き、ミシャに払われた給金を自らの遊行費にしていた事。不倫の際、見栄を張っていたらその金も足りなくなり、生活費にも手を付けるようになっていた事。
不倫は3年前から始まっていた事。従順で物が言えなくなるよう、使えない、気が利かないなどと言い続けた事。義実家が優しいのは、役立たずなお前に言っても無駄だからと思い込ませた事。
なんともひどい仕打ちに、周囲の野次馬も口々に酷い、ヒトデナシと漏らす。
「私達があなたを無給で働かせるわけないでしょう! ミシャちゃんがいるお陰でどれだけお客さんが増えたか!」
「おい、ジョーイ。使い込んだ金もミシャさんに全部返せ、そこの尻軽女とお前で全てだ。お前はもう要らん、ミシャさん、あんたが残ってくれるなら、俺は孫が継いでくれるまで頑張る。生活の心配はしなくていい」
「要らないって、まさか追い出すってのか!? 俺は息子だぞ! 出て行くのはミシャの方だろうが!」
「煩い! この恥さらしめ!」
「私達も気付けなくてごめんなさい。色々口出しすると迷惑かなと思って、仕事以外の話題を殆ど出さなかった姿勢が裏目に出てしまったのかも。ミシャちゃん、もしあなたが良ければうちに残って、私達の娘でいて欲しいの」
ミシャは泣き顔のまま何度も頷く。ミシャと息子、義両親は丸く収まりそうだ。後は金の問題だけとなる。
「依頼は無事解決したようですので、そちらのヒトデナシ2人は、僕達の依頼人にさっさと払うもの払って下さい」
「ま、待ってくれ! すぐには払えない、だけど少しずつ返すから! なあ、離婚なんて言わないでくれ、やり直そう」
「あたしの人生に、もうあんたは必要ない。いない方が幸せなの。少しずつなんて認めない、一括よ」
「俺の稼ぎが必要だろう? これからはちゃんと……」
「生活費を稼げる男はいっぱいいる。不倫せず妻を大事にする男もいっぱいいる。あんたは誰かを虐げられる程、特別でもないし強くもない。偉くもないの。払うもの払って、さっさと消えて」




