始末屋ドワイト-07
「痛っ」
「ジェイソンが舐めるっち事は、治るっちことやけん。我慢しとき」
「いたた……有難う、ジェイソン」
「ご主人、大丈夫やけね。人さらうならずもの、売りとばし……」
「ドワイトだよ、物騒な二つ名はやめて名前で呼んでくれないかなあ?」
レオンはドワイトの名前をよく聞いていなかったため、今初めて知ったような顔をする。
「ドワイトのひと」
「ん~、ん~まあ、それでもいいか。まるで僕がならず者かのように聞こえるよりマシ」
「ドワイトのひとが、ならずもの売りとばしておかねにしてくれるけん、治す代金は心配いらんっち!」
「あはは……結局聞こえの悪い説明をしてくれるんだね」
レオンはティアにしがみつき、これで治ると大はしゃぎだ。
一方のティアは困ったようにレオンの頭を撫で、ドナートに頭を下げた。
「有難うございます。おそらく、以前の町での出来事と、同じような理由でお金を作って下さるんですね」
「そうだね、支持してくれるかどうかは関係ない、レオンくんが望んだことさ」
「……レオン、よく聞いて」
「うん?」
ジェイソンがティアの火傷をゾリゾリと舐める音が繰り返されている。
そんな中、ティアはドワイトに1つ頼みごとをした。
「ドワイトさん、無理を承知でお願いがあります」
「ん? 仕事の依頼なら喜んで」
「その……レオンを、お願いできませんか?」
レオンの耳がピクリと動いた。ティアが何を言っているのか、さすがのレオンも瞬時に理解したのだ。
「私は見ての通り、暫くは歩く事も出来ません。収入もありません。旅の途中の食事や衣服などを面倒見る代わりに荷物持ちをお願いしていたのですが、そうする理由もお金もありません」
レオンは口をぽかんと開け、悲しそうに尻尾をぎゅっと抱きしめる。
「ご主人……おれ、もういらん子?」
「ううん、傍にいて欲しいけど……私は稼げないし、どこにも行けないし、ご飯も食べさせてあげられないの」
「なるほど。面倒を見られる状況にない、というのは確かにそうだろうね」
「どのような報酬をお渡しできるのか、退院しないと分からないのですが」
「おれが働くよ? お店やさんするもん」
ティアと一緒にいたいレオンは、事態の深刻さに気付いていない。
自分が稼げばいいと簡単に言うものの、代わりに歌えるほど歌を知っている訳でもなく、荷物持ちの需要も限られている。
この町にも孤児はおり、物乞い競争は激しい。子供を働かせるような店もない。
そもそもティアはレオンを不憫に思い、こうして共に行動させていた。そのレオンを働かせては本末転倒。考えてもいない。
「レオン、あなたを働かせて養ってもらうなんて、私はそんな事考えてない。ドワイトさんと一緒に色んな場所に行き、物事を見て知って、感じて、成長しないとだめなの。私の傍にいなくても、レオンなら大丈夫」
ティアがレオンの頭を優しく撫で、おいでと言って抱きしめてやる。ほんの数か月だが、レオンにとってティアは母親のような存在になっていた。
しかし、いつかは親離れしなければならない。ドワイトはティアの話を聞き、深く頷いた。
「いいでしょう。ただし、あくまでもレオンくんのご主人はあなたです。僕はあなたから仕事として請け負い、レオンくんの面倒を見る」
「私は、でも」
「僕の手伝いをさせます。それをあなたから僕への報酬の代わりとしましょう」
「それじゃ、結局私からあなたに対価を差し上げる事になりません」
「うーん、あまり喉を酷使させたくないから、黙って頷いて欲しいんだけど。レオンくんはあなたとの繋がりを断ちたくないんですよ、ご主人さん。あなたの許に帰る口実をあげましょう」
逆にドワイトから提案を受けてしまい、ティアは少々悩みながらも頷いた。
ドワイトなら同胞を無下にせず、また狐人族としてどう生きるべきかを教えてくれる。それにレオンの面倒は見れなくても、後はレオンがしたいように動けばいい。そう考えたからだ。
「獣人族を、とりわけ狐人族を甘く見ないで欲しい。人族はすぐ金に換算しようとするけれど、我々の恩に対する感謝と敬意は、人族同士のそれよりはるかに大きく、重い」
レオンにとって救って貰った、面倒を見て貰った、その大小など関係ない。
お金も食べる物も、靴もない。服はボロボロ、居場所もない。そんな状況から抜け出せたのはティアのおかげ。ティアは恩人。レオンは忠義を捧げるに相応しいと判断した。
その忠義の中で最たるものは「主人」だ。よほどの不義理でもない限り、主人を変える事などしない。
ドワイトが「あくまでもご主人はあなた」と言ったのも、レオンが最も大切な人だと認めたのはティアであり、ドワイトは同列にはなれないという意味だ。
狐人族のレオンが「ご主人」と呼ぶ事の重さを、ティアはようやく理解した。
おまけに、すっかり懐いたレオンと縁を切る気になれないくらいには情も湧いている。
ゼデンとエシャも信用できるものの、たまたま出会っただけでレオンをお願いするのは憚られた。今、レオンの保護者と同列の責任を持ってくれるのはドワイトしかいない。
「分かりました、お願いします」
「決まりだね。レオンくん、ご主人様が良くなるまで、僕達で金を稼ぐんだ」
「ならずもの、やっつけるやさん?」
「ああそうだ。手始めに明日は悪党の親玉に会って、賠償金をふんだくる」
ドワイトはティアを安心させるつもりで、幾つかの実績を話して聞かせた。
だがどれも悪党の悲惨な末路に耳を塞ぎたくなるものばかり。話が終わる頃にはティアの笑顔も引き攣っていた。
「ふんだくるっち、ドワイトのひと、おかね盗むならずものか?」
「悪党から奪われたものを取り戻す! 良い人の味方さ。ご主人をこんな目に遭わせた悪者には、相応の罰が必要だ。手伝ってくれるかい」
「うん、いいよ。しつけのわるいならずもの、おれも許さんけ」
一方、悪者を退治する正義の戦士と聞いて、レオンの目は輝いていた。
自分の為でなくティアや他人を守るために、悪党を退治するという建前は、とてもカッコいいものに思えたからだ。
「義賊、ってやつですかね」
「そんなたいそうな志はありませんけどね」
「おれ狐人族!」
「うーん、種族の話じゃなくて」
こんな調子のレオンを1人にしてはおけない。その点についてはドワイトもよく分かったようだ。ティアは掠れた声で再度お願いしますと伝える。
「ご主人、おれ頑張るけんね」
「危ない事は、しないでね」
「あむなくないもん」
「あぶなくない、でしょ」
「えへへっ、まちがえた!」
レオンはティアの傍を離れる様子もなく、お許しが出れば一緒に寝ると言い出しかねない。ドワイトはまだ癒えていない火傷を数匹のジェイソンに託そうと提案し、ひとまずレオンを宿に届ける事にした。
「明日もくる? ドワイトのひと、明日もご主人のおみあいする?」
「ああ。明日の朝、出発前に来よう。盗賊団を血祭……こらしめた後でまた戻って来るし。あと、お見合いではなくお見舞いだ」
「ご主人、ちゃんと寝ときね! おれ、明日またくるけんね」
「うん、少し休むわ。心配かけてごめん、今日は有難う」
「ご主人がありがとうっち!」
「うんうん、聞こえているよ。それでは」
レオンは感謝されて嬉しさのあまりピョンピョン飛び跳ねる。
しばらくはしゃいだレオンとドワイトが病室を去り、ジェイソンが1匹だけ後を追った。
廊下からはレオンの「ねえねえ、明日もご主人おみあいする!」という妙な憶測を呼びそうな声が響いている。
残った数匹はまだティアの傷を舐めていて、ティアはそっと1匹の頭を撫でた。看護師にはペットではなく付き添いの精霊だと言って許可を取っている。
見舞客の中には騒動でジェイソンの声を聞いていた者もおり、「狐耳の子の精霊で間違いない」と口添えをしてくれた。
「有難う、ジェイソンさん。あなた優しいのね」
そのうち他のベッドの見舞いの者も帰っていき、病室の明かりが消えた。3つのベッドからは寝息が聞こえてくるも、ティアは寝付けずにいた。




