第2章 逃亡(Ⅱ)
第2章 逃亡(Ⅱ)
アザールはエミージに捕まり、穴倉へ連れ戻された。そして、エミージとウレラールの2人に仕事をサボった罰としてボコボコにされてしまった。痛いけど、こんなのは慣れっこだ。アザールは諦めなかった。
彼は自分の寝床に置かれたニョッキ狩り用の籠の中を見た。所々にニョッキの糞がこびり付いていた。アザールは素手で糞を集め、粘土遊びでもするかのようにそれを丸めて、砂をかけ、糞の団子を作った。
夜、セイルブ星の西の住人たちが寝静まった時間にアザールは穴倉を抜け出し、再び王の宮殿へ向かった。また林の脇道をひたすら歩いて宇宙船の前へ来た。宇宙船の窓の横のボタンを押すとキャノピーが開き、アザールはさっそくコックピットに乗り込んだ。
操縦桿を握るとエンジンが起動し、辺りに轟音が鳴り響いた。何事かと驚いた王が宮殿から出てきて、宇宙船を盗もうとしているアザールを止めようとコックピットによじ登り始めた。アザールはニョッキの糞で作った団子を王の顔に思いきりぶつけた。顔が糞まみれになった王は悲鳴を上げながら宇宙船から地面へ転落した。アザールがキャノピーを閉めると、ロケットエンジンが凄まじい火を噴き、ロケットは空へと上昇した。
ロケットは広い宇宙に突入した。セイルブ星がどんどん遠ざかっていく。
始めは大きかったセイルブ星がバスケットボールほどの大きさになった。そして、更に小さくなっていき、ソフトボールほどの大きさになった。またしばらくして振り返ると豆粒ほどの大きさになり、次第に見えなくなった。アザールは生まれて初めて自由になった。ずっとこれを夢見ていた。宇宙船の向かう先を太陽系に設定し、アザールは飛び続けた。セイルブ星からは微かにしか見えない太陽をもっと間近で見たい。宇宙船は自動操縦になり、アザールは宇宙船内のスリープ・コンパートメントの扉を開け、中に入った。無重力状態で体が浮かないように留め具で手足や胴体を固定し、アザールは眠りについた。
それから長い月日が過ぎ、アザールは目覚めた。宇宙船は太陽系に突入していた。
窓の外にはまばゆい光が見えた。辺りの星々を照らす黄色い光。あれが太陽か。
宇宙船は大きくて真っ青な星の前を通り過ぎた。アザールはコックピットの液晶画面に表示された宇宙図鑑をタップした。あの青い星は海王星というガス惑星だそうだ。
次に見えたのは細い輪のついた青緑色の星。あれは土星の外側を回っている天王星だ。
その次に見えたのは何とも神秘的な星だった。美しい輪をもつ巨大な星。麦わら帽子のような形の土星だ。だけど、それよりもっと大きな星が見えてきた。表面に大きな赤い斑点や横縞模様のついた星。その模様は絶えず動いて変化している。アザールは再び宇宙図鑑を見た。その星は木星という星らしい。その星を過ぎると、今度は小さめの惑星が見えた。その茶色い星は火星というそうだ。
火星を過ぎると、アザールは息を呑んだ。今度は今まで見た中で一番美しい星が見えてきた。大半が海だが、緑の陸地もある星。どこか故郷のセイルブ星にも似た星。あの星は地球というらしい。アザールは地球に降りようと決めた。そろそろ休息が必要だったからだ。
宇宙船は地球の大気圏に突入した。この星には大きな大陸や小さな島が散在している。陸地のところどころに都市が見える。アザールは宇宙図鑑で地球について調べた。この星には人間という知的生物や様々な生物が住んでいるらしい。地域ごとに国家が存在し、それぞれの国に言語や文化がある。図鑑に載った人間の言語のいくつかをアザールは自身の脳にダウンロードした。これで地球の人間という生物に出会ってもコミュニケーションがとれるだろう。
そうしているうちにいつの間にか宇宙船は陸地のすぐ近くを飛んでいた。大きな都市からは離れた田舎町の上空だった。アザールは高度をどんどんと落とし、宇宙船を芝生の広場の上に着陸させようとしたが、慣れない操縦で上手くいかず、林に激突し、数本の木をなぎ倒し、ようやく宇宙船は停止した。アザールは液晶画面に表示された地球の地図で位置を確認した。ここは地球の日本という国の関東地方の千葉県千葉市という地域らしい。
アザールは宇宙船の外へ出ると、念のため、ステルス機能で宇宙船を誰からも見えないように透明にした。辺りは暗い。太陽の光が届かない時間。そう、今はこの地域は夜だった。そばには赤い地面の大きな楕円形の広場があった。あれは陸上競技場というらしい。地球の人間たちは自身の足の速さや力などを競うという何とも変わった遊びをすることが好きらしい。変な生き物だ。
アザールはしんと静まり返った地球の町を歩いた。道路をときどき人間が運転している箱型の乗り物が通り過ぎていく。人間はなんともすべすべした肌をしていて、セイルブ星人とは違って皮膚の表面に血管が全く見えない。アザールは車を見るのも初めてだった。宇宙船の着陸地点から近いところを通っていた高速道路沿いを歩き続けた。なるべく人間に見つからないようにこそこそと。しばらく進むと、千葉市若葉区の桜舞町という地域に辿り着いた。