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いじめられっ子エイリアン  作者: Satoru A. Bachman
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第2章 逃亡(Ⅰ)

 第2章 逃亡(Ⅰ)


 アザールはセイルブ星での生活にうんざりしていた。ウレラールに殴られて痣だらけの頬が痛み、熱を帯びている。顔の半分が鉛になってしまったような感覚。エミージにやられた腹や背中の引っ掻き傷も焼けるように痛む。それでも今日もアザールは狩りへ行くのだった。


 朝、森に入り、木の枝の上でくつろいでいた数匹のニョッキをレイガンで撃ち落とし、体を土に埋めてきのこに扮して身を隠していた数匹を引っこ抜いた。だが、それだけでこの日は収穫が少なかった。体がところどころ痛むせいで一歩一歩歩くだけでも体力が消耗していく。

正午を迎えると、アザールはまた岩山が見える草原まで来て腰を下ろした。そして空を見上げる。東には星空が広がり、西にはセイルブ星を照らす大きなオレンジ色の光がぎらぎら輝いている。あれはベテルギウスだ。地球から遠いこの星には、太陽の光はわずかにしか届かない。宇宙に見とれていると、アザールは無意識に横になっていた。仰向けの姿勢で両方の手のひらに頭を乗せてベテルギウスの温かい光の下で日向ぼっこをした。穴倉よりも心地の良い草原で徐々に意識が薄れていき、アザールはそのまま眠ってしまった。


 うつらうつらしていると、アザールの肩に誰かが手を乗せ、囁いた。

「アザール、起きて」

アザールがそっと目を開けると、そこには彼をじっと見つめるアクィがいた。

「探したのよ」

と手を差し伸べる彼女。

アザールはアクィの手をとり、立ち上がる。

「アクィ…」

いつも誰からも相手にされないアザールが突然、村で一番の美女に声をかけられ、彼は言葉が出なかった。アザールの焦げ茶色の頬が緑色に染まっていく。それは地球人が顔を赤らめるのと同じこと。セイルブ星人の血は緑色だからだ。

アクィのごつごつとした腕がアザールの首に回され、彼女はそっと口を開くとどす黒く触手のように長い舌をアザールの鼻に当てた。暖かくざらついた舌の感触にアザールの胸の鼓動が高鳴る(これはきっと地球でいうところのキスという行為にあたるのだろう)。

アザールもアクィを抱き返す。人の温もりを肌で感じるのは何年ぶりだろうか。アザールは幼い頃に生き別れになった父や母や兄弟たちのことを思い出した。みんなはいったい今どこにいるのか。この星にはセイルブ星人たちが住む村や都市が散在しているが、国家も地名も存在しない。だから、誰がどこにいるかなんてわかりやしない。

ただ、東西南北それぞれの地域を王が統治していて、星の平和や秩序を守るための議会が一応存在する。アザールは西の王が納める村に奴隷として身を売買されたのだ。アザールの身長は4フィート(約122㎝)。セイルブ星の男の平均身長は地球の人間の男とほぼ同じで5.5~6フィート(167~182㎝)。身長が5フィート(約152㎝)に満たない男は百姓か奴隷として扱われてしまうのだ。どれだけ働いてもろくな食事もとらせてもらえず、村に出ればいじめられる。ずっとそんな人生を送ってきたアザール。

でも、今この瞬間はそんなことはどうでも良かった。なぜなら今アザールは村で一番の美女を抱きながら…

ん?鼻を舐められながら目を閉じていたアザールは何か違和感を覚えた。なんだか、生臭いにおいが鼻を突いた。抱いているアクィの体が冷たい。ゆっくり目を開けると、アザールが抱いていたのはニョッキの腐乱死体だった。粘液まみれになったニョッキの腐った体をアザールは鼻をつけて抱きしめていた。

「あああああああ!」

アザールは叫び声を上げ、立ち上がり、その場から後退った。

夢の中でアクィだと思って抱いていたのは芝生に転がっていたニョッキの死体だったのだ。べちょべちょになった鼻とその周りを手で拭うアザール。気づくと股間も濡れていて、衣服も汚れてしまっていた。腐ったニョッキの死体を抱きながら夢精をしてしまうとはなんて惨めな気分だ。アザールは獲物の入った籠を背負い、体力の限界で村に戻ることにした。


 この日はニョッキを16匹しか捕まえられなかった。鼻を突いた腐敗臭がなかなかとれないまま歩き続け、とうとう気分が悪くなった。森の中でひざまずいて一本の木に手をついて寄りかかりながら足元に今朝食べたニョッキの目玉ソテーをぶちまけた。おぞましい自分の反吐を見たくないアザールは吐いて少しすっきりするとまた歩き出した。



 ある日、アザールはセイルブ星から逃げようと思った。村から近い王の宮殿のそばには宇宙船がある。朝、狩りの時間に森へ行くふりをして、村を囲む林に沿って歩き、宮殿を目指した。村の端には田園地帯が多いため、何度も百姓と出くわしそうになった。その度にアザールは木の影や詰まれた(わら)の後ろに身を隠した。そして、また歩き出す。日頃の苛酷な労働のせいで体のあちこちが痛むがアザールは歩き続けた。

もっと良い世界へ旅立つんだ。自分を奴隷なんかとして扱わない優しい星がきっとあるはず。そう信じて。5マイルほど歩くと宮殿に着いた。銀色の翼のついた青い美しい宇宙船を見たとき、アザールの疲労感が一気に吹き飛んだ。

終わったんだ。奴隷として過ごしてきた毎日が。アザールの心が歓喜に包まれ、彼は宇宙船に向かって駆けだした。

だが、そのとき、宮殿の門から出てきたエミージと鉢合わせしてしまった。彼女は王に朝食を届けに来ていたのだった。


「アザール?あんた、こんなとこで何してんの?ニョッキ狩りはどうしたの?」

アザールには言い訳の言葉は何も思いつかなかった。せっかくここまで来たのに見つかってしまったショックで彼は固まってしまった。





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