第1章 奴隷のアザール
いじめられっ子エイリアン
第1章 奴隷のアザール
太陽系の遥か彼方、セイルブ星に住むアザールは汗水垂らして働いていた。青色に輝くレイガン(電気光線銃)を片手に持ち、背中に狩りで捕まえた獲物を入れておく籠を背負って、星の西側に広がる森を探索していた。そばの木の影にこそこそと動くものがあった。ニョッキだ。それは楕円形の体で頭が茸の傘のような形に膨らみ、胴体の部分に醜い顔のついた全長50㎝程の小さな生き物。セイルブ星人の主食だ。
アザールはレイガンを構え、発砲した。銃口から青色の光線が飛び、ニョッキに命中する。妖怪じみた甲高い悲鳴を上げ、地面に倒れる獲物。アザールはバチバチと感電して痙攣して身動きのとれないニョッキの体を持ち上げると背中の籠に放り込んだ。籠の中には既に何匹ものニョッキが詰め込まれ、ニョーニョー、キーキー、と鳴いたり、悲鳴を上げたりしている。一度、弱ったニョッキたちを籠の外に放り出し、逃げないようにまた一匹ずつレイガンで撃って麻痺させる。ここで殺すわけにはいかない。新鮮な食材を好むこの星の王やアザールの主人のためにもニョッキたちを生きたまま届けなくてはならない。
そして、川で空になった籠を洗う。そうしないと籠の中がニョッキたちの糞まみれになってしまうからだ。綺麗な状態で食材を届けないとまた殴られてしまう。
森を抜けると、草原が広がっている。草原の先には大きな岩山が連なっている。アザールはそんな景色を眺めた。あの山の向こうにはいったい何があるのか。そして、星空を見上げた。宇宙にはいったい何があるのかを考えるのは興味深いことだった。セイルブ星人が住む村とその近くにあるこの星の王様の宮殿と奴隷の仕事である狩りをする森。それがアザールにとっての小さな世界だった。きつい仕事の合間に宇宙に思いを馳せることがアザールにとって至福のときだった。アザールは芝生の中に微かに蠢くものを見逃さなかった。とっさにレイガンのトリガーを引き、光線を乱射する。感電し苦しむ獲物を籠に放り込む。この日は30匹のニョッキを捕まえ、村に戻った。
たったの30人のセイルブ星人が暮らす村では食事は全て王が管理している。王だけが食べるものも着るものも住むところにも困らず贅沢な宮殿で暮らし、28人の庶民が村で普通の生活(普通とは言っても地球人とは違い、この星の連中は穴倉で生活をしている)をし、アザール1人が皆の奴隷で、毎日王様と村人全員の腹を満たせる量のニョッキを狩りに行かされているのだ。
村に戻ったアザールが主人のウレラールとその妻のエミージのところへ沢山のニョッキを入れた籠を渡しに行くと、
「ご苦労」
とウレラールは言うとさっさと籠をひったくってアザールを蹴り飛ばした。ただでさえ、狩りでへとへとに疲れたアザールは蹴られて地面に倒れ、息を切らしながら痛みと疲労に耐えた。
村の中央の広場はセイルブ星人たちの調理場となっていて、この星で一番料理が上手なエミージが村人たちの食事を作る。アザールが採ってきたニョッキたちを調理場に縄で吊るされたニョッキポットと呼ばれる半径2メートル程の大きな器(地球でいうと鍋のようなもの)の中に放り込み、煮込む。ニョッキたちはその中で、
ニョーニョーッ!キーキーッ!
と断末魔の叫びを上げ、息絶える。
そして、獲物たちの肉が茹で上がり、辺りに香ばしい匂いが立ち込める。セイルブ星人たちはニョッキポットを囲んで円になり、腰と尻をくねくねと動かしながら踊る(地球でいうと、サンバのような踊り)。それはこの星での食事前の儀式であり、皆が恵みに感謝をする時間だ。食事の大部分は王様のところへ運ばれ、村人たちはニョッキの足の肉や腸を美味しく頂く。奴隷のアザールには火に炙ったニョッキの目玉と皆が食べた後のニョッキの骨にこびり付いたわずかな肉しか与えられなかった。アザールのおかげで村の皆が食事を出来ているというのに彼に感謝する者は誰1人いなかった。それどころか、皆はアザールをいつもチビの奴隷だと馬鹿にする。
あるとき、ウレラールが浮気をし、エミージが酷く腹を立て、夫婦関係が上手くいっていなかったとき、夫婦2人ともアザールに当たる始末だった。
「おい、アザール、ちょっと来いや」
穴倉で主人に突然呼ばれ、何かと思い、ウレラールのそばへ行くと、硬い拳がアザールの頬に飛んできて、一瞬視界が真っ白になった。
ウレラールはアザールの顔を何度も殴りつけ、別のときにはエミージが彼の背中や腹を引っ掻き、体を痣や切り傷だらけにされ、穴倉の外に放り出されてしまった。
そして、その日はまともな食事を与えられず、ウレラールがアザールの口の中にニョッキの糞を突っ込んだ。太陽の光がわずかにしか届かないセイルブ星の夜は寒い。極寒の中、体の所々がじんじんと痛むアザールは気を失い、一晩外で眠った。
ぐったりとしたアザールが目を覚ますとすっかり夜が明けていた。ニョッキのクソにまみれ、ボコボコになって倒れているアザールの前を村で一番の美女であるアクィが通りかかった。焦げ茶色でごつごつとした肌、少し窪んだ吊り上がった真っ黒な瞳、胸や腿の辺りに浮き出た健康的な緑色の血管。なんと美しい。こんな惨めな自分に彼女が振り向いてくれる訳なんかないのだ。アザールはふてくされてそっぽを向いた。