3•乾杯の後で
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数曲終わる頃には、リッター•ヴァンダーシャフト青年はアルレッキーナ•ブフォンの奏でる楽しい曲に夢中であった。
ひとしきり拍手をし、帽子を持って回ってきたアルレッキーナに話しかける。
「アルレッキーナさん、素晴らしい音楽でした。一杯奢らせてくれませんか?」
旅芸人にとって、驕りはお祝儀のうちだ。
「ありがとうございます!」
「頼んでおきます。お祝儀を集め終える頃には届くでしょう。何か食べたいものは?」
リッター青年は食べ物まで取ってくれるという。
「では、貴方のお勧めを」
「看板メニューを頼んでおきましょう」
「ありがとうございます」
「では後ほど」
「はい!」
この町は毛織りの町で、とくに名物料理はない。豆と野菜のスープ、きめの粗い茶色いパン。厚手の焼き物で出来た片手コップには、並々と注がれた穀物酒。黄金色に泡立つこの酒は、多少の違いはあれど大陸中どこにでもある。
看板メニューは子羊のロースト。網焼きにした子羊が数切れ、分厚く切られて木皿に乗ってくる。裏庭で育てたいろ鮮やかなベリーのオレンジ色をしたソースは、甘味と酸っぱさの中にピリリと胡椒が効いている。
「さあ、乾杯しましょう!」
リッター青年はテーブルに戻って来たアルレッキーナにずんぐりとした片手コップを差し出すと、自分も同じ酒杯を持ち上げる。
「では、遠慮なく」
アルレッキーナが腰を下ろして穀物酒のコップを受け取る。互いににっこり笑って杯を合わせると、カツンと陽気な音がする。
「この町にはいつまで?」
「そうですねえ。次の宿代が貯まるまでかな」
「アルレッキーナさんならすぐじゃないですか?」
「今日はたまたまですよ」
そうなのだ。
今夜はリッターから奢られた他にも、御祝儀を弾んでくれるお客さんが多かったのである。
「実力ですって。『星屑』は夢がありましたし、『二重橋』は明るくて『乙女と龍』は壮大ながらも可憐でした」
リッター青年は酒も手伝ってか、アルレッキーナの演奏した曲について滔々と語りだす。どれもアルレッキーナの故郷ではお祭りのダンスに使われる軽い曲なのだが。
「ねえ、さっきの曲に歌詞はあるの?」
唐突に小柄な青年が話しかけてきた。髪は中途半端に伸びている。片手に穀物酒、片手に煎り豆。豆はこの地方でよく見かける細長く茶色っぽいものだ。
「え、歌詞は特にないけど」
アルレッキーナは戸惑いながら、そのうねる赤毛をした青年が向ける薄青色の双眸を見た。
「じゃあ歌うからさ、もう一度やってよ」
「えー?」
「きみ、失礼だね」
赤毛の青年は人懐こそうににっこり笑うと、2人の戸惑いをものともせずに歌い出した。
途端に宿屋の食堂が、満天の星を戴く夜空を見上げる草原となった。
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