2.毛織の町
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大ぶりな敷石が導く広場では、賑やかな市が開かれていた。毛織の町だけあって、どこを向いても極彩色の毛織物ばかり。布も布製品も屋台から溢れんばかりに積み上げられていた。
「可愛い鞄だよ、お嬢さんにお似合いだ」
「予備の帽子はどうかな?ブーツに合う緑は」
「ラシャのマントは旅に必要だよ」
アルレッキーナ•ブフォンはにこやかにやり過ごす。まずは宿代を稼がないと。
広場に面した役場で手続きをして、太鼓を叩き笛を吹く。片手で器用に三孔笛のメロディを生み出し、もう片方の手は笛を持つ手の腕に下げた太鼓を打つ。
軽やかなバチから石造りの街に響くのは、月や星を讃えるリズム。笛は正確な音程をたどり、鋭く高くそれでいてまろやかな声を張る。
「お母さーん、聞いてくー」
「お、ひとり楽師か」
敷石の上に帽子を置けば、通りすがりの人々が小銭をいくつか落としてゆく。
子供や買い物中の奥さん方が立ち止まる。手拍子を打つ青年もいた。一曲終えて、小銭がそれなりに集まった。
残念ながら本命の貴族邸宅への招待はなかったが、前の町で最後に稼いだ分と合わせれば、宿代くらいにはなるだろう。
アルレッキーナがお辞儀して、小銭を集めていると、屋台の方から騒ぎが聞こえた。
「ドロボー」
「きゃあー」
見れば、刃物を振り回して売り上げ籠を片端から荒らしまわる強盗が走っている。
アルレッキーナは単なる辻音楽師だ。役場に駆け込むくらいしか手伝えることはない。だが、それは既に誰かがしていて、剣士が1人駆け出してきた。
「大人しくしろ」
「うわあ!なんだてめえ」
抜き身を突きつけ、泥棒の足を止めた剣士は若々しい声で叫ぶ。対する泥棒の酒焼けしたダミ声は、それだけでもう負けている感じがした。
剣士は短いブリュネットにスミレの目。若いながらに鍛え上げた体躯で威圧する。誠実そうな顔立ちだが、流れ者特有の隙がない目つきである。
「ああ、助かりました、リッターさんに頼んでよかった」
遅れて出てきた繻子のベストに片眼鏡といった出立ちのひょろっとした役人が、笑顔で剣士に礼を言う。青年剣士は、マントの下に剣を納めて朗らかに返す。
「仕事ですから」
泥棒を縄でからげて牢へと引き立てる青年剣士は、リッター•ヴァンダーシャフト。武者修行中の貧乏剣士である。
この町を守る剣士は数人しかいない上、みな同じ物を食べて食あたり。そのため、臨時雇いの口があったのだ。
それも今日で終わり。夕方に約束の賃金を受け取って、明日は次の町へと旅立つ。
リッター青年が宿屋に戻って食堂に入ると、旅芸人が笛と太鼓で愉快な音楽を奏でている。前の方では自然な踊りの輪ができていた。
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