ご入場
「ところで…今回の事案ですが、これから起こる事の対処は全てラファエル様にお任せしてしまって宜しいのでしょうか?」
一つの事案に対応する者達は事前に話し合いを行い…ある程度の結末を想定している。
俺は数日前に令嬢への“なりすまし“を頼まれただけだった。
つまり…対処する役は俺では無い。
そして被害者に接触してきた人物がその役を担う事が多い事から、ラファエル様に問いかけた。
俺の問いにラファエル様は口角をキュッと上げ不適に笑い…突然、片膝をつき俺を見上げる。
「今宵は私にエスコート役を務めさせて貰えると光栄なのだが?」
そう言ってスッと手を差し伸べられた。
…流れるような所作に不覚にもときめいてしまいそうになり、思わずグッと息を飲む。
いや、男の俺でこうなのだから…世の女性は卒倒するんじゃないか?
流石は次期侯爵…恐ろしいが、是非とも俺もその所作は真似したい。
差し出された手にそっと自身の手を重ねて微笑めば、ラファエル様はスッと立ち上がりダンスホールへと手を引かれる。
………え?踊るんです?
いや、出来なくは無いけども。
…男性パートより得意だったりするけど、好んでしたい訳でもなくてですね。
っと、そんな事をモヤっとしながら悩んでいると会場の入り口の方が騒がしくなった。
思わず声のする方へ顔を向けそうになる俺を、ラファエル様は手をぐっと引いて俺を腕の中へ引き込み阻んだ。
「ルイードがミシェル嬢の名を呼ぶまで見ないように。」
耳元にそっと顔を寄せて俺にだけ聞こえる声で囁くと、その場に立ち止まりラファエル様は様子を伺う。
その言葉から、入り口で騒いでいるのがルイードだと分かり、振り向きはせず耳を澄ませる。
「なぜ、入場時に名を呼ばぬのだ!これは舞踏会なのだろう?」
聞こえてきた言葉に思わず吹き出しそうになるのを堪え、会話に集中する。
仮面舞踏会を普通の舞踏会と勘違いして来ているのか?
では仮面も付けていないのだろうか…と好奇心が勝る。
「……我慢して下さい。ちゃんと仮面は付けてきていますから。」
見えない俺の気持ちに気づいたラファエル様が溜息混じりに教えてくれた。
その回答を聞いても好奇心が勝るんですけどね。
「とにかく!私と彼女の名だけでも呼んでくれ!」
笑いそうになるのをギュッと口を引き結び我慢するも、どうしても肩が揺れてしまう。
頼むから非常識な事を大声で口にするのはやめて欲しい。
我慢出来ずにチラッと目線だけを動かした。
「…ルイード・ガルシャラ殿とマリアンヌ・アントワ嬢のご入場です。」
若干…震える声で叫ばれた名に、満足気な本人達とは裏腹に会場中が静まり返る。
仮面舞踏会で名前を呼ばれて満足気に入場するなど…前代未聞である。
ラファエル様は下がりそうになる頭を何とか持ち上げると、深い溜息を漏らした。
既に事案になってるだけでも恥なのに、その弟の更なるやらかしが職場の仲間にお披露目される日が来るとは思ってもみなかったのだろう。
何とも言えない表情に、かける言葉も見つからず。
俺は、ただただ時が過ぎるのを待つ事にした。
のんびりし過ぎてました。