今回の標的
ーーーーー仮面舞踏会・当日
昨夜、湯浴みを終えた俺は妹ミシェルとその侍女に捕らわれ…全身を磨かれた。
信じられないほどに磨かれ何とか解放されると、すぐに眠るように脅された。
そして舞踏会の始まる遥か前に再び捕まり…今度は入念に何かを練り込まれた。
……うん、練り込まれたって表現で間違いはない。
とにかく俺は全身から良い匂いはするし、肌は艶々のモチモチ…瑞々しくて透明感もある。
かつてない程の美肌だ。
更に着飾られ、ヘアメイクも施され…鏡に写る俺はどこからどう見ても美しい令嬢だ。
途中…仮面をするからメイクは適当でとミシェルを見れば、それはもう素晴らしい笑顔で微笑まれた。
何言ってんだコイツ…その笑顔から読み取れたのはそんな所だろうか。
やけに怖い笑顔だったので、俺は素直にミシェルに従った。
昔から長い物に巻かれるのは得意だ。
大人しくなった俺に最後の仕上げとばかりに更に盛られた。
そんな俺史上最高に着飾った俺は早速、仮面舞踏会の会場へと向かった。
会場の入り口で招待状を渡し、中へと入る。
仮面舞踏会は社交場であり、出会いの場でもあるので基本的に招待客は一人で来る。
稀に同性の友人と来ることもあるが、会場に入れば声がかかりやすいように分かれたりする。
俺は勿論、一人だ。
会場を見渡し、よく見る顔ぶれに安堵する。
今回の仮面舞踏会では主催者に協力を得て、標的以外の招待客は全て対策室の関係者となる。
万が一にも被害女性の醜聞になってはならないという配慮だろう。
入場し奥の壁に沿うように立った俺に一人の男性が目敏く声をかけて来た。
「…本人かと思ったよ。」
白のシンプルな仮面を付けた長身の男性が仮面の奥の目を細め俺を見つめている。
「…本人…ね、やっぱりか…。」
彼の言葉に俺は頭を抱えそうになるのをグッと堪えた。
今日の俺は妹ミシェルにそっくりだ。
つまり…今回の被害者はミシェル。
そして仮面舞踏会に現れ、婚約破棄を宣言する予定なのが目の前にいる彼の弟ルイードという事になる。
「…もしかして、知らなかった…か?既に気づいていると思ったが…?」
仮面を付けた長身の男…対策室室長のラファエル様は驚きからなのか目を見開いた。
「前の事案で家の事には疎かったし、それに…主君は、俺には伝わらないようにしてましたよね?…まぁ、隠そうとしてたかは謎ですが…。」
前の事案は少しばかり厄介で…屋敷には殆ど帰れなかった。
そんな俺に妹ミシェルの婚約破棄事案が浮上してるなど知る由もない。
更に言えば今回の事案も舞踏会ギリギリに急遽頼まれたもの…被害女性の名前は秘匿されていたのはヨハン殿下の仕業でも何でも無くて、仮面舞踏会での婚約破棄という特殊な状況で被害女性の醜聞になるから…だと思っていた。
今思えば…三日前のヨハン殿下はどこか浮き足立っていたようにも思えた。
本人は隠してるつもりなのか微妙だが、あれはミシェルがフリーになったからだったのかと…どこか腑に落ちた。
婚約者も無く、結婚する気など毛頭無いと仰っていたヨハン殿下だが…ミシェルと出会ってから一変した。
俺の潜入捜査の回数を増やし、その度に妹ミシェルに協力を仰いだ。
そして事案終了後には必ず屋敷に足を運び、ヨハン殿下自らミシェルに感謝を伝えていたのだ。
そこまでするのならミシェルを対策室に入れたらどうかと進言すれば、ヨハン殿下は首を横に振り拒否したのには驚いた。
どうやら婚約破棄対策室の…というより、貴族のドロドロの婚約事情をミシェルには見せたく無かったらしい。
……まさかの本気の恋に、思わず苦笑したのを覚えている。
そういえば今回の被害者は既に新しい婚約者を紹介済みとあったのを思い出し…思わず溜息を漏らしそうになる。
我が主君に…少しばかり遅い春が来たという訳か。
素直に喜びたい気持ちもあるが、裏で手を回してたりしないよな?という疑念も残る。
…まぁ、妹ミシェルが幸せになるなら何でも良いか。
のんびり更新で申し訳ないです。
昨夜遅くにスマホで入力していたら、寝落ちし…そして打ち終えていた部分が消えていたのに目覚めてすぐに気付いて叫びそうになったのは私です。