4 クイーンビーがすり寄って来たんだが、どうすればいい?
放課後、屋上でぼんやりと過ごしていた。
目下の悩みは、天使や桃とかギャルどもが言い寄って来るのがウザすぎることだ。
どうやったら寄せ付けずに済むか。
普通の男子は女がいっぱい言い寄ってきたらうれしいだろうが、僕は全然うれしくない。僕が金持ちかどうかのビフォーアフターが違い過ぎて、金目当てであることが明らかだからな。
じいちゃんや母さんが託してくれた金を、ギャルなんかに吸い取られたくない。
金持ちは孤独だと言うけれど、本当だな。
信用できるのは、穂香ちゃんや美沙など、僕が貧乏だった頃からやさしくしてくれた人だけ。お金は、なるべく彼女らを幸せにすることに使いたいものだ。
いっそのことカス高を辞めてしまおうかと思う。
高校中退したとしても、金があるから全然困らない。
いや……待て、高校に通わなければ、毎日がものすごく暇になる。
それに地獄のように思っていたカス高だけど、イジメがなくなって、ちょっとは楽しくなりそうだしな。
要は、カス高に通いつつも、ギャルどもが近づいてこなくなればいい。そんなことを可能にする方法はないものか。
ギャルどもは、害虫のようだからな。追い払っても、僕の生き血を吸おうとしつこく寄ってきそうだ。
ギャル除けスプレーでも売ってたらいいのにな。
売ってねえな。
ため息をついた。
その時、額にポツリと雨が落ちてきた。
曇り空だったが、やはり降ってきた。
今日はもう帰るか。
玄関で靴を履き替えると傘を持って来なかったことに気づいた。
外に出ると雨はかなり強くなっていた。
まいったな……
雨が弱くなるまで、教室で時間を潰すか。
そう思って振り返る。
下駄箱の間にセーラー服の女子が一人立っている。
彩音――
突然、対立関係にある女との遭遇。
気まずい。
僕は無言で内履きに履き直して横を通り抜けようとする。
「虎児郎」
彩音に下の名前で呼ばれて驚いた。
「……何だよ」
立ち止まって、不快そうに聞き返す。
ゆっくりと視線を彩音に向けた。
彩音は緊張した表情を返す。
「か、傘、持ってないんでしょ?」
「ああ」
僕はぶっきらぼうに答える。
「わ、私の傘で行こ」
彩音は傘立てから水色の傘を引き抜いて見せた。
「は?」
僕はきょとんとする。
「だ、だから、私の傘に入れてあげるって言ってるのっ」
彩音は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「……」
僕は口を結んで、彩音を見つめる。
こいつ、何言ってんだ???
相合傘するつもりであることを理解するまで、しばし時間を要した。
ついさっきも僕をイケメンじゃないって言った女なのに……
なぜ僕と?
彩音も僕に媚を売るつもりになったのか?
今さら?
頭が疑問符でいっぱいになる。
……彩音がツンデレだとして、デレるの早すぎじゃない?
僕、何もしてないんだけど……
突然の急展開に混乱をきたした僕。
「イケメンが好きなんじゃなかったのか?」
とりあえず、すねてみせた。
「イ、イケメンじゃなくても、傘くらい入れてあげるわよ」
彩音は焦った感じで言い訳する。
イケメンじゃないってのをあくまで強調するかよ……
デレると見せかけてるくせに……わけわかんない女だな。
「傘に入れてくれるくらいで、僕をディスったことをチャラにはできないぞ」
僕は意地悪な笑みを浮かべる。
「べ、別にそんなつもりはないってゆーか」
「じゃあどんなつもり?」
「うう……」
彩音は答えに詰まる。
僕が貧乏のままだったら、どれだけひどい土砂降りでも彩音は相合傘をしようとは申し出なかったはずだ。
「もしかして僕を待っていたのか」
そう尋ねると彩音はさらに顔を赤くする。
「そ、そんなわけないでしょ。たまたまよ。部活が今終わったところなの」
「へえ、部活やってたんだ。何部?」
僕は彩音の嘘を暴いてやりたくて、追及する。
「ダンス部よ。校庭で踊ってたんだけど、雨が降ってきたから今日はおしまい」
しかし彩音はよどみなく答えた。
出くわしたのは本当に偶然なのかもしれない。
ダンス部だったとはな。クイーンビーらしくチアリーダー部じゃないんだな。
どっちも踊る部活だが、ダンス部は男子の部活を応援しないのだろう。どうでもいいけど。
「……ゆるい部活だな」
「カス高だからね」
彩音は、玄関で僕と二人きりになったから、これはチャンスかもと声を掛けることにしたというわけか。
他の子がいる場では、負けを認めるみたいで恥ずかしいだろうからな。
さて、どうすればいい?
彩音は僕にすり寄って来て、僕をディスっていたことを許してもらいたいのは明白。でも素直じゃない彩音は認めたくないっぽい。
彩音が折れる姿勢をみせているのをつっぱねて、あくまで彩音に仕返しするつもりと脅すか。
それとも彩音がどんな謝罪をするつもりか見定めてやるか。
彩音は緊張の面持ちで僕を見ている。
……あ
思案しているうちに、ギャル除けスプレーというさっき考えていたことを思い出した。
彩音が使えるのかも……
毒をもって、毒を制す。
彩音を一時的に、僕の配下にするってのはどうか。
ギャルどもが潰し合いの死闘を繰り広げるのを見下ろすのも一興なんじゃない?
僕を巡って、彩音と天使や桃たちを戦わせたらどうなるかな。
……しかし彩音は僕をディスってたんだぞ。
こんな女を配下にするのか……
どうしよう……
ま、やってみてダメなら、ポイすればいいや。
一瞬で邪悪な考えをまとめた僕は、彩音に向かって笑顔を向けた。
「じゃあ、傘に入れてもらうよ」
優しい口調で告げる。
「ま、マジで!?」
彩音はすごくうれしそうに顔を綻ばせた。
僕は彩音と並んで玄関の庇の下に立つ。
彩音が傘を開いて僕の上に差した。彩音が身を寄せてくる。
「小さい傘だから、くっつかないと濡れちゃうね」
彩音からは香水のいい匂いがした。
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