4 美人教師は奴隷になりたいのだろうか
通りがかりのタクシーを呼び止めて乗り込んだ。
穂香ちゃんが家の場所を告げる。驚いたことにバイトしてたコンビニの近所だ。
所得の低い層が住む地域。
築三十年以上の赤錆だらけのオンボロアパートがあるのは気づいていたが、穂香ちゃんが住んでいるとは思わなかった。
考えてみれば当然だ。
穂香ちゃんは借金まみれだから、素敵な家に住んでいるはずがない。穂香ちゃんが極限まで生活を切り詰めて実家に仕送りしていたことが窺われる。
「ひどいでしょ。ここに住んでいるのは恥ずかしくて誰にも知られたくなかったんだ」
タクシーを降りると、穂香ちゃんがアパートを見上げて呟く。
「でも僕には教えてくれた」
「虎児郎君には何もかも知られちゃったから」
穂香ちゃんは恥ずかしさと嬉しさの混じった苦笑いをする。
一階の部屋の鍵を開けた穂香ちゃんの背中に声を掛ける。
「じゃあこれで。児童養護施設は近いから歩いて帰るよ」
家の中まで見てしまうのは悪い気がする。別れの挨拶は簡単にして、さっさと帰ってしまおうと歩き始めた。
「待って虎児郎君」
上着の端っこが穂香ちゃんに引っ張られる。
「お願い、もうちょっとだけ一緒にいて」
振り返ると穂香ちゃんがじっと見つめている。
玄関に二人で入った。
部屋の中は物が少ないし、片付いていて、外観ほど汚い印象はない。
「お邪魔します」
靴を脱いで、台所の流しの横に立つ。
部屋は1Kだ。四畳半の和室にベッドが置かれているのが見える。
穂香ちゃんがヒシと抱きついてきた。
「怖かったよ、怖かったんだよぉ」
啜り泣く穂香ちゃんの気持ちはよくわかる。
今晩はデリヘルで最初の客を取り、ガマ男を口止めするため体を差し出さないといけないところだったのだ。
僕が穂香ちゃんを救わなかったら、自分が汚されたと感じて死にたくなっていただろう。
先生が生徒に甘えまくるのは普通と逆だけど、しばらくこのままでいさせてあげたい。
穂香ちゃんの背中に手を回して撫でる。柔らかい体の感触が伝わってくるし、いい匂いもする。
「……デリヘルなんてやるからには、ふしだらな女だって思ってるでしょう。でも私ね……したことないんだ」
「え……」
「高校生の時から、バイト漬けで男の人とお付き合いする時間なんてなかった。男の人とはキスしたこともない」
「あれ……前に穂香ちゃんは性教育が得意って言ってなかったけ。あれはハッタリ?」
穂香ちゃんはこくりとうなずいた。可愛いな。
「デリヘルの講習はビデオを見せられただけで、体には触られてないからねっ こんなことするの――ってすごくドキドキしたけど……」
念のために付け加える穂香ちゃん。
「そっか……良かったよ。穂香ちゃんを守れて」
なでなでなでなで。あーこの体が清いままとはすばらしい。
「初めてのお客さんが虎児郎君だとわかってびっくりしたけど、虎児郎君ならいいやって思っちゃった。人生最悪の気分だったけど、神様が少しだけいい目を見させてくれたのかなって……でも……起きたのは奇跡だったよ」
しみじみする穂香ちゃんに同意だ。
「危ないところだった」
「本当に本当にありがとう、虎児郎君、私を助けてくれて」
「当たり前のことをしただけだよ」
むぎゅうううううう。穂香ちゃんの抱きつきが一段ときつくなる。
「で、でも……借金の相手は虎児郎君に変わったわけで、私を奴隷にしたのよね」
囁きが聞こえてきた。
「う……それは」
穂香ちゃんは本気にしているのか。
「虎児郎君なら、奴隷でもそんなに嫌じゃないかも……」
顔を赤くして、目を逸らす穂香ちゃん。
「あれは穂香ちゃんに金を受け取らせるための言い訳っていうか……」
「もう虎児郎君には体で返すしかないよ」
穂香ちゃんは僕の手を引いていく。
「ぼ、僕、帰るよ」
身を翻そうとするが穂香ちゃんは握った手を離さない。
穂香ちゃんはベッドまで僕を引っ張っていき、体を押し付けてきた。バランスを崩してベッドに倒れ込む。
穂香ちゃんが覆いかぶさって、唇を近づけてくる。経験がないだけに荒っぽい。
キス
するのか、穂香ちゃんと。
この流れではしないとおかしいが。
咄嗟に顔を背けたら、頬にキスされた。
「どうして……」
顔を上げた穂香ちゃんが怪訝そうにする。
「先生が生徒とエッチなことしちゃイケナイでしょ」
僕は、穂香ちゃんのおでこを指で軽く弾いた。
「え、ええと……」
穂香ちゃんが戸惑っている。
「せっかく穂香ちゃんが学校をクビにならずに済むようにしたんだから」
僕は起き上がって、穂香ちゃんと離れる。
「で、でも、虎児郎君にお返しする方法がないよ」
「だから返してもらわなくていい。穂香ちゃんは僕の憧れの先生なんだから、しゃきっとしてほしい。今夜の穂香ちゃんはおかしすぎる」
説教してしまう。穂香ちゃんはしゅんとなった。
「借金のせいでおかしくなっていたのはわかる。でも借金は僕が全部消したから、元の穂香ちゃんに戻ってよ」
穂香ちゃんはベッドの上で、ぺたんとへたりこんだ。
「あ、そうだ、デリヘル業者には辞めるって言っといてね。じゃあね」
別れの挨拶は適当に部屋を出る。
穂香ちゃんとエッチなことをしたい気持ちは猛烈にある。
だけどやってしまったら、穂香ちゃんとは先生と生徒の関係に二度と戻れない気がしてためらったのだ。
穂香ちゃんは確保したも同然。エッチなことをしたくなったら、いつでもさせてくれるだろう。焦ることはない。穂香ちゃんの先生ぶりを堪能してからだ。
経験豊富そうな穂香ちゃんが処女だったとは。しかも相当な奥手。気丈に振る舞っていても、実は弱い子。穂香ちゃんの秘密を僕だけが知っている。
男子生徒の憧れの先生が、実は僕のものっていうのは、ものすごい優越感だな。
カス高に行くのが楽しみになってきた。
高校生男子なら、まずは女ですよね。
次はコンビニバイトの恨みを晴らすべく、モンスターカスタマー、ブラックバイトを破滅させていきます。