2 美人教師の秘密【挿絵付き】
穂香ちゃんがタオルを巻き付けただけの姿で戻ってきた。濡れた髪、肌が艶かしい。
「虎児郎君もシャワーしてきたら」
決心がついたのか声は落ち着いていた。
「穂香ちゃんの借金、調べてさせてもらったよ。お父さんの会社の借金もね」
そう告げると穂香ちゃんがはっとした。
「なんで知ってるの!?」
「穂香ちゃん自身の借金は奨学金が3百万、消費者金融が1千万。奨学金が借金になるなんて知らなかったよ」
情報の出所には答えずに淡々と話す。
木下支店長は「奨学金は返さないと厳しい取り立てがあるし、ブラックリストに載ってクレジットカードを作れなくなる借金の一種」と説明してくれた。
外国では奨学金は借金にならないところが多いが、日本は借金を奨学金という名前にして学生を騙しているとも言っていた。ゆゆしき事態だが今はそれはさておき。
「お父さんは山岸プレスっていう会社の社長をしているんだね。借金は3億。山岸家はものすごい借金まみれだ。よく平気なふりをして先生をやってられるなって思う。赤字なのにどうにか払わないといけないお金は払っている。穂香ちゃんが立て替えたり、消費者金融から借りてるんだね」
「虎児郎君には関係ないっ――」
穂香ちゃんが話し合いを拒絶するように叫んだ。でも僕は話し続ける。
「消費者金融の奴から身体を売って借金返せって言われたんだろ。そんな奴らの言うことに従う必要ない。さっさと会社を倒産させて、自己破産して踏み倒せばいいんだ」
しばらく沈黙の間があった。
「できないのよ」
「どうしてさ?」
「父さんの会社の従業員は30人くらいいて、みんな40歳以上。会社が倒産したら、みんな再就職できなくて露頭に迷っちゃう」
「自己責任でしょ、穂香ちゃんがおっさんどもの面倒を一生見る必要なんかない」
『自己責任』、散々自分に浴びせられた言葉を使う。
「会社が苦しい時に支えてくれた人たちを見捨てるわけにはいかないの。それに父さんだって人生を掛けてやってきた会社が倒産しちゃったら、きっと廃人みたくなる。そんな父さんを見たくないの」
「それで自分を犠牲にするっていうの? 本当に優しい人だね、穂香ちゃんは」
毒島の暴力に恐れをなす教師ばかりの中で、穂香ちゃんは毅然として僕を毒島から守ってくれる。弱い者を見捨てておけない性格なんだなと思う。
「……私が好きでやっていることだってわかったでしょ、この話はおしまい」
穂香ちゃんが首を振って歩み寄って来る。
「さ、イケナイことをしましょ」
穂香ちゃんが隣に腰かける。
「ふふ、知っている人の裏の姿を見られるって興奮しない?」
精一杯、オンナを演じて、ごまかそうとしている。
「穂香ちゃんが苦しんでいるのにつけこむようなこと……僕にはできない」
顔をそらした。
暗黒面に落ちたままの僕だったら、弱みに付け込んで容赦なく穂香ちゃんを貪るはずだ。だけど穂香ちゃんの事情を知るにつれて、元の自分に戻っている気がする。
自分は弱い人間で、同じく弱い立場の人には共感する。
3億円ぐらい余裕で払って助けてやる。
どうしたら穂香ちゃんが素直に僕の金を受け取ってくれるだろうか。
優しい穂香ちゃんは自分が犠牲になればいいと思い込んでいる。僕が借金を返してやると言っても絶対受け取らないだろう。
穂香ちゃんには黙って、勝手に僕が借金を返してしまおうかと思った瞬間に、閃いた。
「穂香ちゃんには女子高生の妹がいるね」
木下支店長から聞いた話だが、緒方銀行は山岸プレスに金を貸しているので、穂香ちゃんの家族構成も把握している。
「……だからさぁ他人のプライバシーを調べないでくれる?」
穂香ちゃんが目を吊り上げて怒る。
「いいの? 妹まで体を売らないといけないハメになって」
「……」
穂香ちゃんが口を結ぶ。
借金返済が穂香ちゃんが体を売るだけでは間に合わなくなって、妹まで巻き込んでしまう可能性には気づいているだろう。考えないようにしていたことを僕に指摘されて現実を直視しないといけなくなったはずだ。
優しい穂香ちゃんはお父さんや社員を守りたい。そして妹も守りたい。全部を守れない矛盾に苦しむことになる。
穂香ちゃんは俯いてすすり泣きを始めた。
「ううううううわああああああああん」
やがて子供のような鳴き声を上げる。
ずっとこらえてきた気持ちが持ちこたえられなくなったらしい。
穂香ちゃんの一番痛いところを突いて悪かったと思う。
「心配しないで、僕が借金をきれいさっぱり消してやるからさ」
深刻極まりない穂香ちゃんとは正反対ののんきな口調で言う。
「そんなことできるわけないでしょ。ぅっぅっ」
嗚咽しながら返事をする穂香ちゃん。
「できるんだな、それが」
僕はスマホで銀行に電話を掛ける。
「支店長、さっきの件だけど、穂香ちゃんが金借りてる消費者金融の店に来て。とりあえず2千万くらい持ってきてね」
穂香ちゃんが借りている消費者金融の会社とかは把握済みなのだ。
「今のは……銀行の人? なんで虎児郎君がそんな人と知り合いなの?」
「おいおい説明するけど、莫大な遺産を受け取ったんだな。僕は身寄りがないと思ってたけど、実はじいちゃんが超がつく大金持ちだったんだ」
「うそ」
「ほんとほんと」
ぽかんとしている穂香ちゃんとしばらく見つめあう。
穂香ちゃんの脳内では、信じられないが、銀行の人と話していたから本当なのかという考えがグルグル巡っていることだろう。
「……でも、虎児郎君からお金をもらうわけにはいかないわ」
「なんで?」
「教師がお金を生徒からもらっちゃいけないに決まっている」
穂香ちゃんは口を尖らせる。
この後に及んでもまだ意地を張る……
妹まで身売りをするハメになるって言ってるのに。
穂香ちゃんを守るためにはもう一押し必要か。
「僕が穂香ちゃんの借金を返すのは……穂香ちゃんを……」
穂香ちゃんの顔を見ながら言う。「愛しているからさ」と続けるところだけど、
「僕の奴隷にしたいからだよ」
ひひひ、と邪悪な笑みを浮かべてみせる。本当は愛しているからなんだけどね。クサくてストレートに言えなかった。
冗談のつもりだったけど、穂香ちゃんは真顔だ。しまった、外した、と焦る。
だが次の瞬間、穂香ちゃんが顔を赤くして、両手で胸を隠してモジモジし始める。
「……虎児郎君は、わ、私をやっぱり奴隷にしたいって思っていたのね。あんなことやこんなことをしたいって考えているのね」
一体どんなプレイを想像しているのか。穂香ちゃんてもしかしてM? 身売りさせられた境遇が実は嫌じゃなかったりして……愛しているって言われるよりも奴隷にするって言われるのが良かったのかもしれない。
僕は咳払いして気を取り直す。
「そういうわけで早速借金を返しに行くよ、さ、早く服を着て」
穂香ちゃんが服を着終えるとすぐに手を引いて、ホテルを出る。
タクシーを捕まえて、消費者金融の店舗に向かう。
穂香ちゃんの話ではその店の担当者が「借金を払うには体を売るしかないですね」と仄めかしたという。
このゴミクズ野郎。
借金を返すだけのつもりだったが、破滅させてやらんといかんな。
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