8 推薦が欲しかったら、先生の言うことを聞くんだな
蒲が胸を見せろと命令するんじゃなくて、美沙が自主的にそうするように仕向けているところが悪質だ。
後で問題になっても、蒲は生徒が自分でやったことだと言い張るつもりだろう。
「……でもブラを外そうとした時に、もういいって先生は止めてくれたんだ。お前の誠意はわかった、また頑張れよって」
「じゃ、じゃあ、見せてないんだな」
「うん」
美沙の答えに、ホッとする。
「とんでもないな。想像以上に狂ってる」
ソファーにもたれかかる。
美沙はギリギリで大丈夫みたいだけど、こんな調子でエスカレートしていったら、裸を見られるのは時間の問題だろう。
先輩の中には、蒲に裸を見られたり、触られたりしている者がきっといる。
犯されている子がいたっておかしくない。
「で、美沙が屋上から飛び降りようとしていたってことは、蒲からまた無茶苦茶なことを言われたんだろう。何を言われたんだ」
僕はいよいよ美沙の苦しみの核心に踏み込んでいく。
「……それは」
「教えてくれよ」
「……私がね……スポーツ推薦を目指していることを先生が知ってね……先生の言うことを何でも聞いたら、レギュラーになれるし、スポーツ推薦も確実だって……」
「何でも……か」
蒲が匂わせていることの意味は美沙でもわかったのだろう。
目標にしているスポーツ推薦を手に入れるためには蒲に体を差し出さないといけない。
やはり行きつくところはそこだ。
「先生の言うことを聞かないならスポーツ推薦はなしだし、代わりに志乃ちゃんていう仲良しの子がスポーツ推薦を受けることになるって言われたんだ」
美沙はぎゅっと身を強張らせる。
スポーツ推薦は絶対欲しいけど、体を差し出すのは嫌だし、友達を不正な方法で蹴落としたくない。
かといって美沙が断れば、親友が美沙と同じ選択を突き付けられて、蒲の餌食にされる。
自分が苦しむのも嫌だし、親友を苦しめるのも嫌。
美沙の頭では悩みの出口を見つけられずに、行き詰った結果が飛び降り自殺未遂だったわけだ。
「美沙、すぐ部活辞めろ。で、蒲を警察に訴えろ」
衝動的に命令する。
「ダメだよっ そんなことしたらバレー部で何が起きていたのか知られちゃう」
美沙は真っ青になって拒否する。
「え……いいじゃないか。蒲が逮捕されて解決だろう」
「バレー部のみんなが蒲に汚されたって、世間の人に悪く言われるじゃない。今の部員だけじゃなくて、OGも。全員がそういう目に遭ったわけじゃないと思うけど、ずっとそう言われ続けちゃうよ」
「む……」
「それに早慶大への推薦が決まってる先輩も、推薦が取り消しになっちゃうよ」
「…………」
早慶大は難関だ。
金を積んでも、先輩を送り込めないかもしれない。
僕は美沙に上手く言い返せない。
「蒲先生がいないと、バレー部は勝てないし……」
追い打ちを掛けるように美沙が呟く。
クズ野郎の蒲だが、バレー部員にとっては人生唯一の希望なのだ。
問題の深刻さがようやく見えてきた。
蒲を追放しただけでは解決しない。
しかも蒲を追放する時に、蒲の悪事が明るみに出る。
バレー部員は蒲の被害者のはずなのに、世間から白い目で見られるのだ。
おかしいけど、日本人てそういうものだというのは想像にかたくない。
女の子たちを守りながら、蒲を倒す。
どっちも達成するのは不可能に思える。
アホの子の美沙に教えられるとは……美沙が自分で考えたとは思い難い。
バレー部の先輩が美沙に言い聞かせたんだろうな。美沙が言いふらして回らないように堅く口止めしたんだ。
「ちょっと考えさせてくれ……」
頭を抱える。
思案するが、僕の頭では名案を思い付きそうにない。
上杉さんや穂香ちゃんと相談することにして、美沙は帰すことにした。
「いいか、蒲には絶対に美沙の体を許すんじゃないぞ」
きつく言い聞かせたつもりだが、美沙は
「うん……」
と力なく答えただけだ。
早く手を打たないと美沙が危うい。
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