6 女子バレー部の秘密
小学生の美沙は、僕が助けなかったら死んでいたも同然だった。
他の人間は美沙から離れて見ているだけ。誰も美沙の心の中に踏み込んでやろうとはしなかった。
今の美沙はあの時と同じだ。助けられるのは僕だけ。
今日の部活が始まる前に何とかしないと。
僕は屋上から階段を駆け下りると、美沙の教室に飛び込んだ。
ちょうど午後の授業が始まるところで教師が出席を取っている。
僕はお構いなしに教師の前を通り過ぎると美沙の手をつかんだ。
戸惑う美沙を引っ張る。クラス中の注目を集めているが、どうでもいい。
「ちょ、ちょっと虎児郎、何」
「いいから来い」
美沙が全力で逆らったら逃げられるが、美沙は僕に引きずられてくれた。
手を繋いだまま校門から出て、自分のタワマンまでタクシーに乗って行く。
穂香ちゃんは学校にいるから、話し合いにはちょうどいい。
タワマンの高級感ある外装に美沙が目を丸くする。
「ここが虎児郎が引っ越したっていう所?」
「ああ」
「すごいお金持ちになったって本当だったんだ」
エントランスでカードキーをセンサーにかざして自動ドアを開ける。
「僕の部屋に来てくれ。話をするだけだ」
いくら僕と美沙の間柄でも男の部屋に行くのは抵抗があるだろう。断られたら場所を変える。
けど、美沙はコクリとした。
良かった、やっぱり僕は特別だよね。
エレベーターを待つ間、僕の方がドキドキした。
美沙は間近でじっくり見ると可愛いすぎる。
横から見ると突き出た胸を立体的に確認できるし。
部屋に入って灯りを付ける。
「ひろーい、きれー」
美沙が感嘆する。
リビングだけで児童養護施設の大部屋より広いもんな。
どうだ。素敵だろう。美沙にも他の部屋を買ってやるぞ。
だが、美沙を施設から引き取る話は後回し。部活の問題に対処せねば。
「連れて来たのは自慢するためじゃない。ソファーにかけてくれ」
テレビの前のソファーに座るよう促す。美沙はおとなしく座った。
冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを2本取ってきて、テーブルに置く。
僕もソファーに座った。一人分間隔は空いているが、ちょっと緊張する。
「ここなら誰にも聞かれない。話してくれよ、美沙が何に困っているのか」
そう言うと美沙は口を結ぶ。
仕方なく僕は説得を続ける。
「美沙がバレー部を頑張っているのはスポーツ推薦で大学に行きたいからだったな。特待生で授業料免除」
児童養護施設の子供は高校卒業で原則として保護を打ち切られる。
それからは自分で働いて生きていくしかない。
大学に進学する者はほとんどいない。
大学に行きたかったら特待生になる道はある。
「でもさ、大学に行く金なら僕が出す。つらいバレー部なんか辞めて、普通に受験して行ったらいいじゃないか。あ、美沙は勉強できないか。でも一年だし、今から勉強すれば」
美沙は何も言わない。
「僕が金持ってるってわかっただろ。じいちゃんの遺産をもらっんだ。使いきれないほどあるから美沙が困っているのを助けるのに使いたい」
美沙はうつむいてしまう。
ますます口を割るもんかと頑なになっているように見える。
僕は頭を掻いた。
「あのさー 金出すからって、美沙に対して下心があるわけじゃないんだ。遺産は僕が努力して稼いだ金じゃない。消えて無くなっても惜しくない泡銭。だけど下らないことに使うより幼なじみを救うのに使えるなら使いたい、それだけなんだよ」
ここまで言っても僕が美沙の体目当てで邪な感情を持ってると思われてるかな。
美沙とは長年施設で暮らしてきて、兄妹みたいな気分でいるんだけど、美沙はそうじゃないのかな。
あるいは僕を信じていても、打ち明けられない事情があるのか。
「ありがとう、虎児郎」
美沙が呟く。
「虎児郎が心配してくれただけでうれしいよ。でももう決めたんだ」
「何を決めたんだよ」
美沙の口ぶりからは良いことが起こる気がしない。
「私がやるしかないってこと。虎児郎に助けてもらったら、バレー部の仲間が代わりに苦しむことになるし」
美沙の言うことはさっぱりわからない。
一体バレー部では何が起きているんだ。
過酷な体罰やイジメでもあるのか。
今は美沙が犠牲になっているけど、美沙が退部したら別の子が標的になる?
「じゃあ全員助けてやるよ。全員がバレー部辞めても大学行けるようにしてやる」
これでどうだ。金持ちパワーはすごいんだ。
「いくらお金があっても過去は消せない」
美沙が首を振る。
「どういうこと!?」
戦慄する。
美沙はもう取り返しのつかない状態にされているのだろうか。
「……顧問に体を触られたのか……」
多分そうなんだろうと思いつつ、まだであってほしいと願いながら確認する。
美沙がピクリとした。
体を触られるぐらいじゃすまなくて、もしかして処女を奪われるとか、もっとひどいことになっているのではないだろうか。
これ以上は怖くて聞けない。すると僕の焦りを美沙が察したようで
「まだだよ。私はまだ無事だよ」
と言ってくれる。
「ほ、本当か」
「うん」
はっきりとした口ぶりに嘘ではないと安心する。
「まだって……これから何かあるってことか」
「……それは別に……」
美沙の歯切れが悪い。
「辞めろ。今すぐバレー部辞めろ」
頭にきて命令する。
「辞めたくないよ」
「どうかしてる。そうまでして部活やるなんておかしいぜ」
「できないよ。今までずっと頑張ってきたものを失うなんて」
「他の学校に編入するってのはどうだ。別のところでバレー部に入ればいい。美沙とは別の学校になっちゃうのは寂しいけど、美沙のことを思えば」
「……虎児郎。そこまで考えてくれるのはうれしいよ。でもね……部の友達が」
美沙は否定を続ける。
このこだわりぶりはバレー部に捕らわれて、頭がおかしくなっているようにしか思えない。
「僕には美沙が全てだ。悪いが他の部員はどうでもいい」
「できないよ。私だけ逃げ出すなんて……」
美沙を助け出すにはバレー部をどうにかするしかないようだ。
深みにはまることを覚悟しないといけない気がする。
「……じゃあさ、美沙、一緒に考えようぜ。どうしたら美沙も他の部員も助けられるのか。まずは詳しく話を聞かせてくれ」
落ち着いて言い聞かせる。
「誰かに相談したことあるのか。ないだろう。話をするうちに、こんがらがったことが整理されて、どうすればいいか見えてくるってことがあると思うぜ」
我ながらいいこと言っている気がする。
金持ちになって、自信がついたせいで、昔は言えなかったような真面目なことを言えるようになっている。
しばらく重苦しい沈黙の時間が流れる。
「一緒にお母さんに会いに行った時みたいに、美沙を助けたいんだ」
ぽつりと決めセリフを口にする。
「絶対に他の人には秘密だよ」
美沙は前置きして話し始めた。