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4 こわいよぉ たすけて

 翌日、本当に4時間かかって刑務所の近くまでたどり着いた。


 僕は疲労気味。季節が秋なのが幸いした。夏だったら死んでいた。


 水筒は空だ。帰り道に喉が渇いて死ぬかもしれない。

 お金を持ってないから食べ物を買えず、昼飯は抜きだ。


 だが美沙は全然元気に見える。


 刑務所の周りは高さ3メートルくらいのコンクリートの壁で取り巻かれている。


 壁が高いのは脱獄を阻止するためなんだが、田んぼばかりの周囲の景観からは浮きまくっている。


 壁の向こうではモンスターが跋扈する世界が広がっていると言われたら信じてしまいそうなくらい、こっちとあっちを隔てているように感じる。


 だが壁際を走りながら美沙ははしゃいでいる。

「ねえ、虎児郎、この壁なんだろうね」


「なんだろうな」

 すっとぼけておく。


 壁の向こうが何か気づいていない美沙が哀れに思う。


 やがて刑務所の正門に到着する。

 門に掲げられた表札を見て、美沙は息を飲んでいる。


「ここにお母さんがいるって言うの?」

「ああ」


「嘘だ」


「本当だよ、僕は意地悪してるわけじゃないんだ」

 冷静に言い聞かせる。


「……お母さんは病気の治療をしに、外国に行っているって、院長のおばあちゃんが言ってたのに」


 美沙を傷つけないよう、周りの大人達はやはり嘘をついていた。美沙が本当に信じていたか疑問だが、そう思いたかったんだろう。


「行ってみれば、本当だとわかるさ」

 僕は門を通り過ぎたところの歩道に自転車を止める。


 美沙は口を結んで付いてくる。


「問題は子供だけで会わせてくれるか、だな」

 いきなり来て、母親に会わせてくれるものなのか調べられなかった。


 門の横に守衛のおじちゃんがいるので、近づいていく。

 守衛さんは怪訝そうにした。


「なんだい君たちは」

 僕は美沙と手を繋いではっきりと言う。


「この子のお母さんに会わせてほしいんです」


「ええっ!?」

 守衛さんは僕と美沙を交互に見る。


 美沙はコクリと頷いた。


「君のお母さんがここにいるって?」

「はい」


「大人の人は一緒じゃないのかい?」

「僕たちだけです」


「あのね、子供だけで会わせることはないんだ」


「どうしてですか?」

 問い詰めると守衛さんは困った顔をする。


「受刑者ってわかる? 牢屋に入っている人ね。受刑者とのお話は難しいんだ。子供はショックを受けちゃうこともある」


「お願いします。僕たち自転車を4時間漕いで来たんです」


 守衛さんの言うことはわかるけど、ここまで来て引き下がると真実を知った美沙のダメージだけが残ってしまう。


「ダメだよ。大人の人と一緒に来て」

「そこを何とか」


 押し問答を繰り広げるが、とりつく島がない。

 守衛さんは腕を広げて、僕たちを押し出そうとする。


「どうしたんですか」

 背後で女の人の声がした。


「しょ、所長」

 守衛さんが止まって背筋を伸ばす。


 振り返ると白髪で黒縁眼鏡の年配の女性がいた。


「この子たちは?」


「はあ、女の子の母親が所にいるので、会わせてほしいと言うんですよ。ダメだと言っているんですが」


 所長は美沙を見つめている。


「お願いします。お母さんに、お母さんに会わせてください」

 美沙が涙を流しながら、叫ぶ。


 所長は額に指を当てて考えている。


「所長からも言ってやってくださいよ。子供だけじゃダメだって」


 守衛さんはヤレヤレ感を漂わせているが、所長が

「本所では、未成年だけでも審査を経た上でなら面会を許可する規定です」

と言うと、目を剥いた。


「いくらなんでもこの子たちは小さすぎ……」


「付いて来なさい」

 所長は守衛さんを無視して、僕たちの肩を叩いて中に入っていく。


「やった、会わせてくれるんですね」

 所長は咳払いをした。


「いいえ、会わせると決めたわけじゃありません。お母さんの状況を確認して、良さそうだと判断すれば会わせます。会わせられないと私が判断したら、素直に帰ってもらいますからね」


「ええ、そんなあ」

「でも、あなたたちを追い返すための嘘は付きません。会わせていいか、私がよく考えるから」


 僕たちは待合室に連れて行かれる。

 落ちつかない時間を過ごした。


 美沙は椅子に腰掛けてずっとうつむいている。

 これで会わせてくれなかったらダメージでかいだろうな……


 母親は美沙と会わせられないような酷い状態だってことだからな。


 ◆◇◆


 美沙は母と別れた日のことを思い出していた。

 6歳になった頃だ。


 美沙は母と弟とアパートで暮らしていた。


 母親は結婚したことがなく、美沙は父親がどんな人か知らない。


 幼い美沙を放置して、母は出歩くことがあった。

 

 弟が産まれてからは一層ひどくなり、何日間も帰ってこなくなった。


 母はわずかな食料とオムツを美沙に渡して、ゼロ歳児の弟の世話をしておけと言った。


 そして何があっても助けを呼ぶなと厳命した。


 他人と話したら母は帰って来ないと言う。美沙はそれを疑わず、どんなに苦しくても自分だけで頑張ろうとした。


 美沙は幼稚園や保育所に通ったことがない。


 児童相談所の人が訪ねて来ると、母は余計なお世話だと怒って追い払っていた。


 アパートの隣の住民とはトラブルが絶えなくて仲が悪く、誰も美沙を助けてやろうとはしなかった。


 真冬に母の不在が二週間にも及んだ。


 食料はとうに尽き、電気もガスも止まった。


 水道は使えたが、粉ミルクの缶は空だった。


 オムツは使い切って弟は糞尿まみれで布団に寝転んでいた。


 異臭を放っていたが、風呂に入れてやることはできない。


 何もできない美沙は自身の空腹に耐え、寒さで凍えながらうずくまっていた。


 時折泣いていた弟はやがて静かになった。


 意識が遠くなっていた時、ドアが空いて光が差し込んできた。


 母が帰ってきた。うれしくてたまらない。


 母は美沙の頭を撫でて褒めてくれた。


 だが弟を見るなり、母は変貌した。


「死んでるじゃん、やっべー」


「え」

 何が起きているのかわからない美沙に、母は一生忘れられない言葉を浴びせた。


「あんたのせいで死んじゃったじゃない。どうしてくれんのよっ」


 その後のことはあまり覚えていない。


 母は三日後に警察に言え、と指示して立ち去って行った。

 逃げる時間を作ったのだ。


 美沙が言われたとおりに交番に行くと、アパートには警察とか大勢の人がやってきた。

 

 母との再会。


 母からまたあの言葉を浴びせられるんじゃないかと想像して、美沙は震えが止まらなくなった。


 こわいよぉ たすけて こじろう

主人公がド底辺だと、幼なじみもド底辺になってしまいます。


ド底辺幼なじみを幸せにできるのか、作者には身の丈を超えたミッションになるかもですが、頑張って書きたいと思います。

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